第12話 鳥籠の鳥たち


 ここは東京の西の外れに位置する場所にある、セブンスマートなる超マイナーコンビニチェーン店である。お客さんのいないレジカウンターで あいも変わらずお喋りしているのは、私、鳥迫月夜とりさこつくよと …店長である。

 誤解しないでいただきたいのだが、たまたま、お客さんも途切れて、やる事もひと段落ついたわずかな時間に雇用主である店長とコミニケーションを取る必要性に迫られてのことであって、普段はちゃんとチャキチャキ働いているのである。


「 相変わらず閑古鳥鳴いてますね 」

「 昔ね 田舎の田んぼ道の真ん中に ぽつりんと一件のタバコ屋さんがあってだね 」

「 うわぁ 何か始まった 何 唐突に語りだしてるんですか 」

「 まあ聞きたまえ月夜君 あれは暑過ぎる夏の日の事だよ 田舎道っていうのは日中光を遮る物がないからとにかく暑いんだ 僕は知り合いの刀鍛冶の所に向かう途中でね でタバコ屋の軒先きにベンチがあってジュースとタバコの自販機が並んでいたんだ タバコ屋と言ってもただの民家で軒先きに自販機を置いてるだけなんだけどね 僕は車を停めてジュースを買ってベンチて一休みしていたんだ するとね 突然 至近距離からプップゥーって車のクラクションが聞こえたんだ ところが車どころか人っ子ひとりいやしない 聞こえて来るのは蝉の声ばかりだ 民家の中にも人の気配は感じられない 首をひねったその瞬間 プップゥーとまたもやクラクションが僕の間近から聞こえたんだ 」

「 ちょっと待ってくださいよ 怖いやつなら泣いちゃいますよ 」

「 僕もなんだかカンカン照りの真昼間なのにゾクッて怖くなっちゃってね 自分の車が壊れてるのかと思いもしたけどそうじゃない ただ もの凄く近くで鳴ってるのはわかるんだ そして3回目のクラクションでようやく気がついたんだ 」

「 なんだったんですか 」

「 九官鳥だよ 」

「 へっ 」

「 知らないかい カラスみたいな奴だよ 」

「 いや 知ってます 」

「 タバコ屋の軒先きに木で出来た鳥籠が吊るしてあってね その中にいたんだよ あれは凄いぞ 江戸家猫八もビックリだ そのあとに救急車のサイレンもやってくれてね ドップラー効果まで見事に再現していた 」

「 なんで九官鳥が おはよ とかじゃなく 車の音真似するんですか 」

「 田舎だからね 聞こえて来る音がそれしかないんだろう 」

「 鳥籠の中で聞こえる音は車の発する音だけだなんてなんか寂しいですね って これ何の話しなんです 何かしんみりしちゃったじゃないですか 」

「 閑古鳥が鳴くって君が言うから 」

「 その鳥ちゃうねん てか店長 もしかして私がしばらくバイト来れなかったから寂しかったんじゃないですか いらっしゃいませ ありがとうございました の日々繰り返される毎日に鳥籠の中の九官鳥と自身を重ね合わせてませんか 」

「 月夜君が休んでたくだりはさておき 繰り返されるコピペされた日常には ちとウンザリなのは事実だな ここらでバイトでも入れ替えて気分転換するのも悪くないかもだ 」

「 ちょっと待ってくださいよ 店長の気分転換の為に何で私がクビになんなきゃなんですか この冷血野郎 」

 祖父の死から先日の私有地での一件まで、1カ月以上セブンスマートは休ませてもらった。あれから色んな事があり過ぎて、最後に店長と話したのがはるか昔に思える。だけどここは変わらない、変わらずに 昨日の事の様に私を受け入れてくれる。そんなはず無いのに。

 私は知ってしまった。2年前の真実を 2人で訪れた、お地蔵さんの参道も、鎮守の杜も、あのやしろも、今は無いのだ。

 店長はどんな気持ちで燃やしたのだろうか。私の為に、私の所為なのに、それならいっそなじって欲しい、お前の所為だと言って欲しい、そしたら、私は女々しく泣けるのに。

「 あの 店長……


 ピンポ〜ン♪

 ちぃーす 宅配でぇーす。


「 店長 鉄の棒って書いてますよ 」

「 届いたわね 」

「 うわぁっ ユキちゃん いつの間に 」

 宅配屋さんから荷物を受け取ったら、何でかセーラー服姿の八島やしまユキがいた。

「 何言ってるの 宅配屋と一緒に入って来たじゃない ツクさん久しぶりね それより店長 店を閉めるわよ 」

「 えっ 店閉めちゃうの 何で 」

 突然現れた事にも驚かされたが、いつもクールなイメージのユキとなんか違う。

 八島ユキはここセブンスマートでバイトしている高校三年生で私の唯一の同僚である。もう三月だから卒業してる筈だが何でセーラー服なんだ。

「 ユキちゃん 卒業出来たの 」

「 卒業証書は担任に取り上げられたまんまよ 四月までには取り返してみせるわ 心配しないで 」

 卒業証書とは 取られたり取り返したりするものだったのだろうか。


 そして本当に店を閉めてしまった。

「 店長 早く 早くして 」

「 待て待てユキ君 女子高生にそんなに急かされたら興奮して上手く脱がせられ……じゃなくて開けられないじゃないか 」

 バックルームで鉄の棒と書かれた荷物を店長が開封して中身を取り出した。

「 うわッ 」

「 うん いい仕事だ 」

「 もう漏れそうだわ 」


 それは、鉄の棒ならぬ 長過ぎる刀の刀身だった。


「 ちょ ちょ ちょ 店長 それ絶対本物ですよね こっち向けないでくださいよ 私 ストレスで死んじゃいますから 」

「 ツクさん あなた先端恐怖症だったの 」

「 いやいや そういうレベルじゃないっしょ 怖い怖い怖い 」

 一目で恐怖が焼き付けられてしまった。店長が手にするそれは鋭く長くギラついていた。

 人を殺す為だけに磨き抜かれた武器だ。そんな物に美しさを求める、それはもはや狂気だ。

「 だいたい宅配便って この国の銃刀法はどうなってるんです 店長 手で持って大丈夫なんですか 」

「 この部分に刃は無いからね まあつかを付けないといけないんだけど 古い知り合いの刀鍛冶に打ってもらったんだよ 別に悪事に使う訳じゃないから安心したまえ 」

「 店長 なんか斬ってみましょう 」

 何を言ってるんだこの娘は、ユキのイメージがどんどん崩壊していく。そう言えばユキは家が剣道教室かなんかで中学の時、全国大会で優勝したことがあるとか聞いた気がする。こいつ剣道少女だったか。にしても真剣を見てこんなに興奮するなんて、人は見かけでわからないものである。


 その後、興奮したユキをなんとか帰らせてから店の営業を再開した。日曜日の夜はお客さんもまばらで22時を過ぎたらピタリと客足も途絶えたから早めに店を閉める事にした。

 バックルームで廃棄のお弁当を2人で食べながら。

「 ちゃんとお野菜食べてますか 」

「 あのねぇ 子供じゃないんだから 」

「 店長は子供と同じです 」

「 …… 」

「 これからあまり店には出られなくなるかもです ちゃんとしてください 」

「 何があった 」

「 何も無いですよ おじいちゃんが死んで忙しくなっただけです 」

「 嘘をつくなツク 隠し事をしてる 」

「 店長だって…… 2年前も 去年棺桶が送られて来た時も マリリオンの時だって 隠し事ばっかじゃないですか 私だって隠し事くらいします 店長は知ってるでしょ 私が悪い女だってことくらい あんなことまでしたんだから 」

「 ツク 僕は……

「 ちゃんとしてください 店長の心配なんかしたくありません 」


 これでいいんだ。


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