第11話 葛籠


 それは異様な光景だった。立方体の建造物の内部には赤茶けた鳥居が3つある、鳥居と言っても私達が見慣れた物とは少しばかり形状が異なっている様に思える。その3つの鳥居の端が隣り合わせて三角形を形作っている、そしてその三角形の鳥居の中心部に祭壇の様な物がこしらえてあり、その上には朱色に金と黒の見たこともない意匠が施された幅1m高さ50㎝ほどの大きさの葛籠があった。葛籠と言われてもなかなかピンと来ない、これはどちらかと言うと玉手箱のイメージに近い気がする。箱をぐるっと金の紐が巻き上には結び目がある、子供の頃、絵本で見た浦島太郎の玉手箱によく似ているのだ。

 そして、最も異様なのはその周りを取り囲む5人の僧侶である。いや違う、5体の僧侶のミイラだ。

「 クソッ これは参ったな 」

 三刀小夜みとうさやが怖い顔をしている。

「 これって会長が葛籠と一緒に坊さんごと閉じ込めたってことっスか 」

 海乃大洋うみのたいようが写真に夢中になりながらも小夜に問い掛けた。

「 どうだろうな それだと大量殺人事件になってしまうぞ 坊主のミイラの状態から即身仏に近いと思うんだがな 」

 僧侶のミイラは皆 葛籠を取り囲み祈る様な姿で朽ちている、着ている法衣からそれなりに位の高い僧侶達のように思われる。

 即身仏とは瞑想を続けながらそのまま絶命してミイラになる事を言うらしい、このミイラ達は葛籠に何を祈りながら生き絶えたのだろうか。

「 しかし 葛籠と言うより玉手箱に見えるな 」

 小夜も私と同じ感想を持ったらしい。

「 まあ葛籠と呼んでいたんだから植物で編まれてはいるんだろうが 表面を動物の皮か何かで加工しているのかもしれんな 」

 私は小夜の話しを聞きながら、無意識のうちに鳥居を潜り、僧侶の脇をする抜けて葛籠に近づこうとしていた。

「 おいツク あんまりそれに近づくな 」


 ガタン、ゴソッ…… 葛籠の中から音がした。

「 えっ 」

 私は背後から襟を掴まれ そのまま思いっきり後ろに引かれた。見ると それは小夜だった。


「 聞こえたか 」

「 はい 聞こえました 」

 私は我に返って小夜に返事をする。

「 気をつけろ まだ 中にいるぞ 」


 と、その時、何かが動いた。

 私達3人はいっせいに身構える。動くものはここではない、屋外だ。


「 君達 何をしている 」

 地面から50㎝ほどのシャッターの隙間から警察官が顔を覗かせた。



 警察署から解放されたのは翌日の明け方になってからのことだ。もし誰かに事情を聞かれた場合の打ち合わせは事前にしてあった。それは 本当の事を話す だ。ただ、祖父の話しのままだと、私達が頭のイカれた集団と思われかねない。だから以前 小夜が考察した鳥狩清次とりかりきよじ別人説を採用することにした。

 戦後、祖父と月㮈つくなのいた鳥追とりおい家を訪ねて来た遠縁の鳥狩と名乗る男からとてもではないが信じられない話しを聞かされ葛籠を預かって欲しいと頼まれる、鳥狩のあまりにも真剣な様子に当時まだ少年だった祖父は断る事が出来ずにこれを引き受ける、が、その後鳥狩は現れる事なく、祖父が所有し続ける事になった。今回、祖父の死に際し、遺産を相続した私、鳥迫月夜とりさこつくよが旧知の職場の先輩に相談してこれを確認に訪れた。

 と言うものだ。祖父の話しを鵜呑みにするより、こちらの方がよほど現実味があるように思われる。


「 何をやっている三刀 貴様らしくもない 」

 身元引受け人としてやって来た車田の黒のボックスワゴンの中に私達はいた。

「 すまん しかし死体が出るとはまさか思わんだろう お前は何も聞かされてなかったのか 」

 三刀小夜が車田に問い返す。

「 ああ 私は10年ほど前に一度行ったきりだ 倉庫内に入ることは禁じられていた 」

「 そもそもあそこは何時出来たんだ 」

「 トリオイが創業して間も無くと聞く 3棟のうちの2棟は実際に危険な薬品類の保管に以前は使われていたらしい 昭和末期までは使用していたはずだ あそこより奥にトリオイの研究施設があるしな 」

「 ツク 警察にはどう説明した 」

「 小夜さんが考えた通りに ただ 鳥狩から預かったのは葛籠ではなく葛籠を納めたあの立方体の建物としました 」

「 上出来だ 海乃はどうだ 」

「 俺は班長に取材と言われ無理矢理連れて来られただけだと 」

 一同が驚いたように海乃の顔を見る。

「 どうした海乃 雨が降るぞ 」

「 いやいや 俺だってそんくらいの機転利きますって 」

 海乃がみんなの評価に不満を漏らす。

「 私もハナっから信じてなかったんで大まかな内容しか知らんと説明した これで警察にツクの説明が不自然に疑われることはないだろう 」

「 で 三刀 これからどうなると思う 」

「 ミイラの状態を見る限り事件性は無いと思うよ ただミイラの死亡時期が死後50年とかだと話しが厄介になるぞ ツクや私達がどうとかなる事は無いが鳥迫秀一とりさこひでいちは明らかに関与していた事になってしまう 即ちトリオイ製薬のスキャンダルだ 車田 覚悟はしておけ 」

「 わかっている お嬢様にさえ害がなければ何の問題も無い 」

 車田に人前でお嬢様と言われて居心地が悪い、もう20歳だからお嬢様でも無いと思うのだが、かと言って月夜様も嫌だし、今更 車田が月夜ちゃんとか月夜さんとか呼べるはずないし、困ったものだ。これでも名義的には百目堂書房ひゃくめどうしょぼうの経営者なのだから、いっそのこと社長と呼んで貰うって手もある。様が付くよりマシに思える。コンビニでバイトする社長、様にならない話しではあるが、今度車田に言ってみようが。

「 それで例の葛籠はどうだった 」

 車田の問いかけに私達3人は固まってしまった。あの時、聞こえたのだ。葛籠の中で何かが立てる音を あれはそら耳ではないはずだ。

「 確認は出来なかった だからなんとも言えん 警官が来たタイミングが悪すぎた 」

 小夜が煮え切らない感じに答える。

「 どうして警察が来たんだ 」

「 わかんないっス 私有地に入るとこは誰にも見られてないっスよ 俺 チョー警戒してたから 」

「 だな だいたい鍵を掛けていた 警官が入って来ようと思ったら鍵を壊すか柵を乗り越えるしかない 警官はパトカーで来ていた つまり ゲートを開けている 私有地だぞ 令状もなくそこまでやるか 」

「 じゃあ警察は俺らの事 何か知ってて行動してたってことっスか 」

「 いや ゲートを開けて絶妙のタイミングで警官を招き入れた何者かがいると私は見ている 」

「 それは何者だ 三刀 」

「 わからんよ ただ手際が良すぎる 狙いは葛籠じゃないだろうか 」

「 でも 警察に押収されましたよ 」

「 されたんじゃなくて させたのかもしれんぞ もしそうなら その後にどうにか出来る人物となるがな やはり特級戦犯と言うのはハッタリでは無いのかもしれん 」

「 なんかヤバくないっスか 」

「 いや それなら力尽くで奪えばいいだけだ 警察を介入させている以上 向こうも私たちをどうこうする気はないのだろう 葛籠を正攻法で入手する それがミッションなんじゃないのか 」

「 これからどうする 三刀 」

「 葛籠が目的ならくれてやればいいじゃないか 私たちの目的は葛籠を処分することだろ これでツクの手から離れたんなら好都合じゃないか どっちみち警察の目がある 当分大人しくするしか無いだろう ツク お前はしばらくニコニコマートでバイトに勤しめ 動きがあれば連絡する 」

「 了解です あとセブンスマートです 」



( 都内某所 )

「 すんなりいったわネ♪ チョロイチョロイ 」

「 ッたりめぇダ この国のグズども相手のくッだんねェ仕事だぜ アクビがでちまう で これからどうすんのよ リサ 」

「 ちょっとトーマ 少しは自分で考える 」

「 苦手なんだよ 知ってンだろ 」

「 ぶんどるに決まってるでしょ 私たちには権利があるのよ この国の負け犬どもから好きな時に好きなだけぶんどっていい権利がネ♪ 」

「 ハッ そりゃいいや ワンワン 」


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