第5話 秘め事


 オカルト誌百目奇譚編集室のデスクに3人の男女が腰を下ろしていた。

「 ところで海乃 どうだった 」

 カーキ色のつなぎに身を包んだかっこいい系の女性が同じく黒のつなぎ姿のイケメン風男性に言う。彼女は百目奇譚副編集長三刀小夜みとうさやである。

「 まっかせってください 」 

 親指を立てて答える彼はカメラマン兼記者の海乃大洋うみのたいようだ。

 海乃はタブレットPCを操作して1枚の画像を映し出す。それは鮮明とは言いがたい上空から建物を写した画像だった。

「 なんの写真っす 神社かなんかの上空写真ですか 」

 海乃のタブレットを私鳥迫月夜とりさこつくよは覗き込んだ。

「 龍のやしろっスよ 龍の巫女が眠る龍の社 」

「 でかしたぞ海乃 次は渋谷特区でいくぞ 」

「 渋谷特区って焼け野原のことですよねぇ 」

 渋谷特区、通称焼け野原。正式名称は旧渋谷区特別立ち入り禁止指定区域である。

「 ああ 今から17年前に大火炎に呑み込まれた かつてのこの国の象徴的都市渋谷 その真相はいまだに高い壁の内側だ 」

 渋谷特区は高さ114mのコンクリートの壁に囲まれており、壁の中への立ち入りは一切禁じられているのだ。汚染物質の除染作業が開始されるのはまだ相当先の話しだと聞く。

「 これは爆心地に建立こんりゅうされてある龍の社を小型のステルスドローンで空撮した画像っスよ 」

「 何なんです龍の社って 犠牲者を慰霊するためのお寺かなんかですか 」

「 違うぞツク 龍を鎮めるための社だ ここに眠るのは戦後日本 最強のサイキッカーであり最強のパイロキネシスの使い手 龍の巫女 堕ち星のゼロ ファイヤースターターゼロだ 」

「 はぁ で なんでその人が祀られてるんです 」

「 決まってるだろうツク かつての渋谷でサイキック戦争が勃発したのだよ 戦後日本に暗躍するサイキッカー部隊とゼロが渋谷でぶつかったんだ そしてゼロが街ごと大火炎で焼き払った それが渋谷大火炎の真相なのだよ そしてゼロは今でも龍の社で眠り続けている 彼女の夢が醒める時 この地は再び大火炎に包み込まれるだろう これはいけるぞ海乃 」

「 はい 班長 ゼロ様待ってて下さい 海乃大洋が今お助けに参りますよ 」

「 あのぉぅ お2人で盛り上がってるとこ何なんですが 確か老朽化した下水施設から長年に渡り汚染水が地下を浸食し続けて可燃性の有毒ガスが発生 地下空間に溜まったガスが地表面に一気に噴出して大火炎を引き起こした そう学校で習いましたよ 」

「 何を言っているんだツク そんなの政府の隠蔽に決まってるだろう そもそもたかがガス爆発如きで街一つが消し飛ぶわけないだろう 」

 いやいや 超能力者1人で街が消し飛ぶのもどうかと思うのだが。

 このゼロなる人物は戦後実在したらしい、炎を操る超能力者としての都市伝説がいくつか残っている、コンビニ弁当なんかを温めたりしていたそうだ。彼女は謂わば百目奇譚の常連さんの1人なのだ、ちなみに以前に特集された時は、港からB29を焼き払っていた。


「 それはそうと ツク お前 ニコニコマートは辞めんのか 」

「 えッ 」

 小夜の突然の話題転換に戸惑ってしまう。どうしてセブンスマートの話がここで出て来る。

「 知っての通り殿さまがまったく使い物にならん以上ウチは猫の手も借りたい状況だ 」

 殿さまこと殿崎とのさき編集長は現在持病の腰のヘルニアが悪化して戦線離脱しているのだ。

「 お前もこれからの事を考えねばならんのじゃないのか トリオイに戻らんのならここに本腰を置け なにより私はお前をあの男の側に置いておきたくはない 」

「 えっとぉっ セブンスマートの事ですか あの男って…

「 奴は胡散臭い 」

「 俺もそう思うっス あのロン毛野郎 超あやしいっスよ 」

 あの男とは店長の事なのだろうか、でも小夜と海乃は店長とは直接の面識はないはずだ。

「 実はな お前がバイトを始めた時から じいさんに頼まれて奴の事は調べていたのだ 少し過保護過ぎるとも思ったが心配なのは私も同じだ 」

 おじいちゃんと小夜さんが店長を…

「 当時 お前の気持ちを考えて じいさんには問題ないと報告したんだが 前角悠吏まえずみゆうり 奴は経歴がイマイチよくわからんのだ ただツクがトリオイの血縁者と知って近づいたわけではないのはわかる ツクに何らかの害があるようには思えなかったから放置しておいたんだが おそらく問題を抱えているのは奴自身だ 」

 店長が問題を…

「 奴は時折 道場破りみたいな事をやっている 」

「 それは俺 初耳っスよ 道場破りって時代劇なんかのですか 」

「 ああ 剣術道場に行き喧嘩を売るんだ 相当強いみたいだぞ その時に右鈴原うりんばらを名乗る 」

「 ウンバラバ 」

「 違うぞ海乃 ウリンバラだ右の鈴原と書いてウリンバラと読む 」

「 それがどうしたんっス 」

「 ミギのスズハラ ヒダリのサハラと言ってだな 」

「 なんか歌の歌詞みたいっスねぇ 」

「 みたいではなく唄なのだよ 江戸時代 唄にまで謳われた剣の名家なのだよ 」

「 じゃあそれがロン毛の本当の名前なんスか 奴は剣豪の末裔かなんかとか 」

「 いや 右鈴原の家系は戦後まもなく途絶えている 右を名乗る鈴原は現存していない 」

「 なんかわけわかんないっス もう警察に届けちゃいましょうよ 」

 小夜がチラリとこちらを見る。

「 とにかくだ 二つの違う名を使い分ける人間なぞ大きく分けて2種類だ 頭の中が中学二年生君かそもそもの戸籍の名前自体が偽物の嘘つきかだ 私は後者とみている 」

「 やめてくださいよ 店長は中学二年生どころか小三レベルですよ 真面目に考えてたらこっちが馬鹿を見ますよ それに……

「 まあ今すぐ答えを出さなくてもいい だが将来のことはちゃんと考えろ いつ迄も今まで通りという訳にはいかないんだぞ それからウチが人員不足で危機的状況なのは事実だ それはニコニコマートも同じなのだろうがしばらくはこちらを優先して欲しい それくらいはいいだろう 」

「 ……了解です 」

「 この話はここまでだ じゃあ本題に移ろう ツク お前じいさんに何を聞かされた 」

「 えッ 」

 小夜の2度目の唐突な話題転換に心が追いつかない、店長のことで動揺しまくっているのに、小夜がどうしてその事まで知っているのだ。

「 そう警戒するな すまん 別にツクを虐めているわけじゃないんだ じいさんにお前の力になるようにと言い遺されているんだ 」

「 でも …

 海乃をちらと見る。たしかに小夜には打ち明けて相談しようと思っていたりもしたんだが、あの話を海乃にまで聞かせてしまって良いものなのだろうか、

「 こいつの事は心配するな もし問題が発生するようなら車田に処分させるから安心しろ 」

「 そうっスよ 少しは俺の事も信用して欲しいっス ツクヨちゃん 」

 小夜のとんでもない発言も何処吹く風の海乃がいつもの軽い感じで笑顔を見せる。

「 実は祖父から死の間際にある話を聞かされました 先の戦争に関わる話です 」

「 ほう 先の戦争と言えば90年以上昔の話だな 」

「 はい ただ内容が どう受け止めればいいのか困ってしまうような内容です そして祖父が90年以上隠し持っていた ある物の処分を私は頼まれています 」

「 わかった じゃあ聞かせてもらおうか 鳥迫家の門外不出の秘め事とやらを 」

「 はい 」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る