第4話 百目奇譚


 祖父が死んだ、老衰ということだ。臨終にこそ立ち会えなかったが、苦しみもなく眠るように訪れた安らかな最期だったらしい。

 本当にそうだったのだろうか、私にあんな告白をしておきながら、もしそうだったのなら それはずるいと思う。


 あれはいったい何だったんだろうか、虚言妄言戯言世迷言、昔話法螺話作り話お伽話、祖父は私にいったい何の話をしたのだろう、あれは本当にベッドに横たわった枯れ果てた老人から発された声だったのか、ベッドの下に何か違うものが隠れており、それが祖父のふりをして喋っていたのではあるまいか。


 葬儀はしめやかに取り行われ … はしなかった。それはそうだ、大企業トリオイ薬品の創業者であり会長の鳥迫秀一とりさこひでいちの葬儀なのだ。参列者は角界の著名人や政治家と言ったテレビなどで見知った顔がずらりと並んだ。

 喪主は当然 鳥迫秀一のただ1人の血縁者である私、鳥迫月夜とりさこつくよがやらねばならぬ、祖父の個人秘書で鳥迫家の運転手でもある車田さんのテキパキとした指示のもとに 私はただただゼンマイ人形のように立ち振る舞えれば良かったんだが、そんなに上手くいくはずない。

 こんな時、自身の矮小さがつくづく嫌になる。葬儀は私のせいで、終始しっちゃかめっちゃかで失笑物だったはずだ。途中、いくつか記憶が抜け落ちているパートがありホラー感を倍増させる。

 当然、故人を偲ぶなんて余裕があるはずもなく、火葬場に着いて、ようやくおじいちゃんが居なくなった事を実感して涙が止まらなくなった。


 それから2週間ほどは鳥迫の屋敷で車田監視のもと軟禁状態となる。当たり前だ、トリオイ薬品会長の相続者なのだ、やらねばならぬ手続きや届け出が山のようにある。トリオイ薬品に関する権利はすべて放棄する趣旨はあらかじめ伝えてあったのだがそれでも訳がわからない。どうせ説明聞いてもわかんないんだから片っ端から署名捺印していけばいいように思うのだが、そんなズルを車田は決して許さない。酸欠状態の金魚鉢の金魚の気持ちが初めてわかった。

 今後も鳥迫家の財産管理を含めたその他諸々は引き続き車田が取り仕切ってくれると言う事なので一安心である。これでいいのか私、と思わない事もないのだけれど、出来ないのだから仕方ない。

 屋敷から解放されると、時は既に春近し3月となっていた。


「 ねぇ ツクヨちゃん 今度デートしよ 」

 今、私にとんでもないかるぐちを叩いている長めのパーマヘアのイケメン風男子は海乃大洋うみのたいよう、カメラマンである。

「 はぁぁ 海さん 何言ってるんです お薬の時間ですよ だいたい海さんモテモテじゃないですか この前もテレビでよく見るモデルタレントの娘が包丁持ってここに乗り込んで来たばっかじゃないですか 」

「 いやいや あの娘はストーカー的なやつだから 俺は2年前 初めて見た日からツクヨちゃん一筋っスよ 」

「 海乃 お前 車田に殺されるぞ お前の名前からは東京湾で溺死する未来しか視えん 」

 ここは東京都内のオフィスビルの一角にあるオカルト雑誌百目奇譚ひゃくめきたん編集室だ。話しに加わった女性は三刀小夜みとうさや副編集長である。

「 俺 車田のおっさん超苦手なんスけど でもツクヨちゃんはもうトリオイからは降りたんしょ なら晴れて自由恋愛解禁じゃないっスか 」

「 甘いな海乃 車田は既に屋敷周りの全権は掌握してるだろう 車田のじいさんへの忠誠心を見くびるなよ じいさん亡き後 それはより一層強まっていると見るべきだ 月夜にたかる銀蝿は1匹残らず駆除せよ と指令が出ていても何の不思議もない 」

「 ま マジっス 」

「 銀蝿って 人をウンチみたく言わないでくださいよ 」

 オカルト誌百目奇譚を発行する出版社百目堂書房ひゃくめどうしょぼうは実は祖父秀一が経営していたもう一つの会社なのだ。本来、トリオイ薬品の広報部の発行物を手がける部署を切り離して起ち上げたらしい、税金対策とか言っていた気がする。今でも業務内容の大半はトリオイと関連企業の社内報などの企業内発行物がメインとなっている 百目奇譚編集部はいわば趣味でやっているようなものなのだ。実際、この編集室には現在病気療養中の殿さまこと殿崎とのさき編集長と三刀と海乃の3人しかいない、もう1人 鎌丁かまひのとという記者がいるのだが1年以上失踪中なのだ。

 私が鳥迫の家を出る時に出された条件の一つがここで働くことだった。本当は正社員でという事だったのだが、なんとか食い下がってアルバイト扱いにしてもらったのだ。


 百目堂書房の相続権を私が放棄すると、ここはトリオイの広報に編入され百目奇譚は廃刊される可能性が高いという事なのでここだけは私が相続する形となった。現在、私は百目堂書房の経営者なのだ、この事は編集室のみんなには内緒だ。百目奇譚は亡き母が作った雑誌だと聞く。

「 ツク 屋敷の方はもういいのか 」

「 はい なんとかこうとか 車田さまさまですよ 私1人じゃ絶対ムリ 」

「 葬式の時のお前はなかなか笑えたぞ と言うか実際 笑いを堪えるのに大変だったんだからな 」

「 いゃゃゃぁぁっ やめてくださいよ サヤさん あの日の記憶は消し去りました おじいちゃんの骨壺にコッソリしまってお墓の中です ほじくり出したら化けてでますよ 」

「 ツクの渾身のギャグと一緒に埋葬されるとはじいさんも幸せ者だな 」

 いったい私は、あの日 何をやらかしたんだろう。

「 俺も葬式 行けばよかったな 」


 副編集長の三刀小夜は40代であるのだが、ぱっと見 30代前半と言われれば疑う者はないだろう。身長は170前後の長身でスリムな体はまさにモデル体型である。ウエーブの掛かったたてがみのようなロングヘアをしておりキリリとした顔立ちの野獣系美人である。

 一時期、実は鳥迫秀一の愛人ではないのか、などと馬鹿げた事を言う者もあったが、小夜を知る者は笑い飛ばすだろう。

 小夜は業界内では有名らしい、切れ味鋭い三枚刃 それが小夜の二つ名だ。オカルト雑誌記者なのに何故かスクープをとる、それを都市伝説として世に流布する。都市伝説として広められた方はたまったもんじゃない。今までにいくつもの悪質な企業を潰したらしい。

 泣く子も黙ると言うがヤクザを泣かした事もあると聞く。


 三刀小夜は、私の母鳥迫真月とりさこまづきの親友だったらしい。


 小夜とは20年来の付き合いだ、つまり私が生まれた時からなのだ。私が物心ついた時からよく家に来る女の人だった。よくと言っても月に一度くらいだろうか、小さい頃は私は小夜のことを怖がっていたと思う、別に特別優しくしてくれる訳でも可愛がってくれる訳でもなかった、ただ同じ時間を過ごすだけだった。小夜のけものじみた美しさがより一層子供だった私をビビり上がらせた。

 屋敷の使用人の人達はみんな私によくしてくれた、だが所詮他人である、どこかよそよそしく腫れ物を扱うような遠慮がちな態度に子供ながら一定の距離を保たなければと思うようになっていた。彼らにしては当たり前だ、雇い主の子なのだから。

 そんな中で小夜のあけすけに容赦無い私への接し方がいつしか、怖い人から 頼ってもいい人へと変わっていった。私は母と言う未知なる存在を小夜に投影しようとしていたのかも知れない。だが小夜は母では無い、小夜は三刀小夜と言う私にとって唯一無二の存在なのだ。


 オカルト雑誌百目奇譚編集室は私、鳥迫月夜のもう一つのバイト先である。


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