第3話 ある独白


 ここは都内の大病院の一室である。明かりはベッド脇に置かれたいくつかの間接照明によるもので室内は明るいのだか暗いのだかよくわからない。

 私はベッドに横たわる100歳を越えた老人から一枚の写真を手渡された。写真は古い白黒写真だった、よくセピア色とかいうが単なる粗く黄色い写真だ。写真は軍服を着た15人くらいのアジア人の集合写真である、銃剣を手にした者や旗を担いだ者もいる その中に1人だけ神社の神主のような格好をした者がおり違和感を放っていた。

 どこで撮った写真だろうか、山中のように見える、軍人たちの背後は登り斜面で鳥居の様なものが上方に連なっている、鳥居と言っても私の知る物とは若干形状が異なっていた。


「 大日本帝国陸軍 特務第3班所属 酉狩清次とりかりきよじ中佐それが本当のわしの名前なのだ 写真の右端がそうだ 」

 この人は何を言っているのだろうか、この人の名は鳥迫秀一とりさこひでいち 私、鳥迫月夜とりさこつくよの祖父の鳥迫秀一なのだ。帝国陸軍と言えば先の戦争の時のこの国の軍隊のはずだ、少し前に戦後90年を迎え次は節目の100年だと大騒ぎしていたのを記憶している、終戦時祖父は10歳にも満たないはずである。子供店長ならいざ知らず子供中佐はありえない、いくら兵士が不足していたとしてもだ。

 写真にしても古くて粗くて顔など判別出来ない代物だ、そもそも祖父は私が生まれた時から80越えのおじいちゃんなのだ、若い頃の顔などわかるわけがない。

 死を目前にして何かの妄想に囚われているのだろうか。


「 当時 わしはある特殊な任務に就いていた これはその時の写真だ 任務は中国地方のとある奥深い山に行き あるものと契約を取り交わすというものだった ”敵を討ち滅ぼす力となれ ” と その時 我が国はもはや後がない状況にまで追い込まれておったからのう 戦う武器もなければ戦う兵もいない 竹槍を持って女子供国民総がかりで本土決戦に挑み玉砕する未来しか見えなんだ まさに神頼みするしかない状況じゃ そして 本当に神様にすがったのじゃ 」

 神風が吹く、かつてのこの国の人たちは信じていたのだろうか。

「 奥深い山の中腹にある旧き石のほこらの中にそのものはおわした 小さきけものじゃった いたちかわうそのようにも見える 後ろ脚で立ち上がりこちらを見遣るそのまなこは愛らしくさえ思たものじゃ 契約は同行した神職の者が執り行った どのような契約が交わされたのかはわからんが ただ ”敵を討ち滅ぼす力となれ ” とな 我らは用意してあった葛籠つづらにそのものを納め急ぎ山を降ったのじゃ 次の任務は葛籠を敵国に送り届けることだった そうせねば契約は果たされぬからのう 我々は広島へと進路をとる 広島到着の直前に司令部より一報が入ったんじゃ ”敵に察知されし恐れあり” 我々は踵を返し進路を九州の小倉へ そして長崎へと変更する そして敵の新型兵器が投下された 広島の地へ そして長崎の地へと 」

 広島と長崎 この国の国民でこの名を知らぬ者はいないだろう。

「 情報が漏れていたんじゃ ハナっから勝てるわけないのだ 我々は敵の手のひらの上でただただ踊り狂っていただけなのだ そして敵の新型兵器の威力を目の当たりにして為す術を完全に失った その後 敗戦を迎えることとなる 死んで逝った者たちの願いも 生き残った者たちの想いも すべてが無意味なものへと成り下がった それが今のこの国の生い立ちだ 」

 死者の願いと生者の想い。敗戦とはそれすらも許してはくれないのだろうか。

「 わしは焼かれた長崎の地からどのようにして生き延びたのかの記憶は定かではない 意識がはっきりしたのは終戦後暫く経ってからのことじゃった どうにかして嘗ての軍関係の人間に連絡を取ると わしは特級戦犯として追われていると聞く 捕まれば死刑は免れないだろうと 意味がわからなかった 死ぬ意味が無くなったのに死ななければならぬ意味がわからない だから逃げることにしたんじゃ 酉狩の遠い分家筋に鳥追とりおいという家があってのう 酉狩は古くから薬の製薬を為す家系であったが鳥追は薬の行商を行う家系であった 江戸時代には実は隠密活動をしていて幕府と朝廷の二重スパイだったなどという怪しげな噂も耳にしたことがある家じゃ わしが訪ねた時 そこには娘が1人いた 名を鳥追月㮈とりおいつくなと言った 他に誰も居ないのかと問うと終戦後 誰も帰ってこぬと言うんじゃ わしは事情を説明して匿って欲しいと頼んだ 月㮈はいいと頷いた 暫くは鳥追の家にいたがやはり月㮈を見知った周りの目がある 人混みに紛れた方がいいように思いその事を月㮈に告げた すると月㮈も一緒に行くと言う 誰も帰らぬのならここに居ても仕方ないと そうしてわしらは鳥追の家を後にした 戸籍は月㮈の帰ってこぬ従兄弟である鳥追秀一とりおいひでいちのものを使う事にした 目指すは復興に沸き立つ地 東京であった わしは持ち前の薬学を活かし薬の作り売りを月㮈と2人で始めた 何でもありの世の中だ するとこれが当たってのう トリオイ薬品を名乗り事業を手広く拡大していった 鳥追姓であまり目立つのは避けたかったので鳥迫とりさこと改名したんじゃ 役所で戸籍の方が間違っていると言い張ると意外にすんなり通ったものだ それからはただがむしゃらに働いた 気がつけばいつしか月㮈は美しい女に成っていた わしは月㮈を娶りトリオイ製薬を起業した あとは月夜もだいたい知っておるじゃろう 」


 私は祖父のこの話をどう捉えればよいのだろう、私の知る祖父は嘘や冗談を言う人ではない。

 戦後の話は整合性はとれている、すべて本当の話だろう、問題は終戦前のパートだ。軍の命令でイタチだかカワウソだかの小動物を中国地方の山奥まで捕まえに行って、それを葛籠に入れて持ち帰る途中に広島と長崎で原爆にあっている。実際、終戦間際 軍部はかなりトチ狂っていたみたいだから原爆投下が単なる偶然だとしたら、まったくあり得ない話でもないように思えるのだが。

 ただ、そうして祖父の話を本当だとすると終戦時20歳くらいとして祖父は現在115歳くらいになってしまう、やはり信じられない。

 そもそも悪化した戦局を打破するべく投入された最終兵器が人智を超える力で敵はそれを阻止すべく新型兵器でこれを迎え撃つ。これじゃぁオカルト大戦争だ。そんな話都市伝説でも聞いたことがない。

 考えられる可能性として、この話は以前 祖父が小説だか映画だかで見た話なのではないのだろうか、それが何らかの形で実際の記憶に混線してしまっている、そう考えるのが一番妥当に思える。だいたい100歳を越えてまったく正常な思考と記憶を保てる方が異常なのだ。

 ただこれを 本当に年寄りの世迷言や妄言として切って捨ててしまってよいのだろうか、祖父はこれを罪だと言ったのだ。


「 でじゃ 月夜 話というのはな 」


 えっ、ちょっとたんま、話は終わったでしょ。なんで今までの話は前フリでここからが本番みたいな事になってんの、意味がわからないよおじいちゃん、もうやめようよ、聞きたくないんだから。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


くだんの葛籠はな まだわしの手にあるのじゃ 」


 ……………


「 月夜 お前に託す 呪いを解いてくれ 」


 舌切り雀に出てきた葛籠にはお宝とおばけが入っていたんだっけ、私の葛籠にはどっちが入っているんだろう。

 そんなの決まってるじゃない、おばけよ。





 鳥を追い鳥を狩る それが我ら鳥追いの一族



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