第2話 始まりの始まり


 有線放送が流れるコンビニエンス店内に3人の男女が対峙する。


「 あなたたち 少しは働きなさいよ 」


 突然出現した謎の美少女は八島やしまユキ 都内私立校に通う高校3年生だ。1年生の時に病気で休学していたらしく、年齢は私、鳥迫月夜とりさこつくよの1つ下になる。身長は155㎝くらいで私よりほんのちょっぴり小ちゃく、少し明るめのショートボブがとても似合っている。小さく整った顔のパーツに凛とした眼差しはクールで知的な印象を発していた。

 八島ユキは何を隠そう私の唯一のバイト仲間なのだ。セブンスマートには現在従業員は私とユキの2人しかいない、この店はコンビニと言っても24時間営業では無く基本6〜0時の営業でほとんどの時間を店長がフルスロットルで働き忙しい時間帯を私とユキで出来るだけ埋めるパターンが定着している。以前は他にも数名いた事はあるが私が高校を卒業してユキが入店してからはずっとこのメンバーだ。私が入る前には24時間営業をしていた事もあるらしいのだが深夜はお客さんも少ないし、なにより夜勤のバイトが見つからないらしい、募集をしてもカタコトの日本語の電話しか掛かってこないと店長はボヤいていた。

 こんなんでよく店長の体がもつなぁと思うのだが ピーク時を過ぎれば基本暇なのでサボろうと思えばいくらでもサボれるのだ。夕方前に出勤したらお店が閉まっていて店長がバックルームでお昼寝していた事も何度かある。あと体調が悪い時や遊びに行きたい時なども平気で店休日にしてしまう。コンビニと言うよりコンビニ風個人商店と呼ぶべきである。


 っていうか、コイツどっからいて出た。

「 おつかれ ユキちゃんいつ来たの 」

「 店長とツクさんが見つめ合って楽しそうにお喋りに夢中になってる最中によ 」

 いやいやいやいや 訂正しないといけない部分が沢山あるんだが。そんなはず無い、ここ30分ほどお客さんは来ていない。いくらお喋りに夢中になってても … なってないのだが、ユキが入って来て気づかないはず無いのだ、そもそも来店チャイムが鳴ったのは1度だけ、無人の自動ドアが開いて2人揃って挨拶しかけた …… いや違う。閉まりかけたドアを見ただけだ。

「 ほら月夜君 あの時だよ ドアだけ開いてチャイムが鳴った あの時僕らの目に止まらぬほど素早く移動して…

「 イタチかよ 」

「 それよりツクさん 外の車 ツクさんのお迎えじゃないの 」

 ユキの言葉に外を見遣ると、黒の一台の高級外車が店の前の歩道に停まってあった。

「 げっ 」

「 あれ 車田さんだっけ 僕 あのおっさん超怖いんすけど 」

「 あのおじさまは 店長がツクさんにやらしい事しないように見張ってるのよ 」

 店内の時計に目をやると既に定時を15分過ぎているではないか。ほんのついさっきまで15分前がどうしたこうしたと店長と言い合っていたと思うのだが、時間なんて大嫌いだ。

「 私 あがんなきゃ おつかれさまです 」

「 なんだい月夜君 せっかくセブンスマートオールスターズが集結したのに帰っちゃうのかよ 残業していきなよ 」

 ブレないなぁコイツは。

「 あのねぇ店長 オールスターズって3人しかいないじゃないですか サザンだって桑田さん以外小粒ながなも5人だか6人だかいますよ 」

「 原坊は小粒じゃないぞ かまくらを知らんのか 」

「 この前店長に歌わせられた昭和ソングですか 」

「 あなたたち また私を除け者にして2人でカラオケに行ったの ずるいわ 」

「 あっ … だ だってユキちゃん高校生じゃん 夜遊びはダメだぞ 」

「 私はツクさんの1つ下よ 高校生じゃないわ 高校生プラスワンよ 」

「 なんだよプラスワンって だいたいユキ君はいつもセーラー服だけど本当に学校行ってんの 平日の昼間でもバイト入るし 実は単なるJKコスプレじゃないのか 」

「 バカ言わないで店長 ちゃんと時々行ってるわよ 今 プラスツーにならないように補習中よ 」

「 ユキちゃん もう2月だよ 大丈夫 ちゃんと卒業出来るの 」

「 ツクさん 私の心配より車田おじさまの堪忍袋の心配をしなさい 」

「 あッ ヤバい 」

 私は急いで帰り支度を整えてお店を後にする。帰り際、店内を見遣るとユキはせっせとカウンター周りの清掃を始めており、店長も商品の前陳を真面目な顔でやっていた。

 この2人 なんか怪しい、私のソウルがそう囁いている。待ってろ、必ず尻尾は掴んでやる。



「 お待たせしました 遅くなってすみません 」

 私は後部座席に乗り込んでそう言った。

「 いえ それでは参りましょうか 」

 運転席の車田くるまだが渋い声でそう返すと車を発進させた。黒のスーツに身を包んだこのミスターおっさんは我が鳥迫家に長年支える運転手の車田さんだ。私にとっては昔からの運転手さんなのだが 今では祖父の個人秘書でもある。

「 おじいちゃんの具合 悪いんですか 」

 私たちが向かっているのは、私の祖父鳥迫秀一とりさこひでいちが入院中の都内の大病院である。

「 まあ良くも悪くもと言った感じでしょう なにぶんお年がお年ですから 」

 車田は淡々と応答する。

 祖父秀一は100歳越えのご長寿さんである、医療の進歩が著しい昨今ではそれほど珍しくもないのだろうが 子供の頃からずっとおじいちゃんだった私から見ればやはり化け物じみている。


 私の祖父鳥迫秀一はこの国の大企業の一つトリオイ製薬の創業者であり現会長である。戦後、復興期の日本で裸一貫のし上がって来た昭和の傑物の1人なのだ。

 そんな祖父も昨年体調を崩し入院生活を余儀なくされた、やはり歳には勝てないのだろうか。

「 お屋敷の方には戻られないのですか 」

「 …… 」

 車田の突然の言葉に思わず押し黙ってしまった。

 2年近く前、高校卒業と同時に私は家を出た。別にやりたい事があったわけではない、ただなんとなく、なんとなく反抗してみたかっただけなのかもしれない。もちろん祖父には反対された、ちゃんと大学に行き、ゆくゆくはトリオイを継いで欲しいと、そんな祖父に私は背を向けたのだ。


「 月夜です 来ましたよ おじいちゃん 」

 高級ホテルの一室のような豪華な病室のベッドの上に枯れたように祖父鳥迫秀一が横たわっていた。

 先週来た時にあった医療機器や体に繋げられたチューブやらがあまり見受けられない。この歳で持ち直すとはなかなか考えにくい、やはりもうそう長くはないのだろうか。

「 月夜 来たか まあ座りなさい 」

 私はベッド脇に用意されてあった椅子に腰掛ける。

「 車田さんが突然迎えに来るからビックリしたじゃないですか 元気そうで安心しました 」

「 今日はお前と話しがしたくてな 車田に我が儘を言って連れて来てもらった 」

「 我が儘じゃないでしょ 私はおじいちゃんの孫なんだから いつでも呼んで下さい 」

「 そうか 」

「 はい 」

「 で どうだ 」

「 どうだと言われても あいも変わらずですよ 月夜ですから おじいちゃん 」

「 そうか なら良かった 」

 良かったと言われても困ってしまう、どうせなら叱咤された方がまだ気は楽だ。

「 月夜にはすまんと思っている 」

「 どうしたんです 」

「 仕事にかまけてたった一人の孫の手を取ることすらしなかった いや 仕事に逃げていたのかもしれん 」

 私の両親は私が1歳の時に揃って亡くなっている、交通事故だったらしい、当然 顔すら覚えていない。3歳の時に亡くなった祖母月㮈つくなのことは薄っすらと記憶にある、とても優しい人だったような気がする。それからの私には血の繋がった家族は祖父だけなのだ。その祖父がもうすぐ ……

「 そんなことないですよ おじいちゃんは私の誇りなんですから 」

「 月夜にそう言ってもらえるのなら わしの人生も存外無駄では無かったのかもしれんな 」

「 どうしたんです 変ですよ 」

「 実はな 月夜に伝えねばならぬことがある 悩んだのだ 悩んだのだがな 」


 ぞわりと何かがうなじを駈け上がる。


「 やはりわし1人で墓穴に背負って逝くには重すぎるのだ 」


 全身の産毛が逆立ち毛穴が収縮する。


「 聞いてくれるか 月夜 わしの罪を 」


 聞きたくなんかないのに。


「 わしは酉狩清次とりかりきよじ 特級戦犯だ 」


 今の今まで身を隠していたおばけがにゅるりと顔をだす。


 さあ始まりを始めよう。



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