鳥殺しの唄【 愚説舌切り雀 】

oga

第1話 鳥追いの女


 春を予感させるにはまだ早い。2月の青く晴れ渡る空は突き刺さる冷気をより一層凍えさせていた。


「 暇っすねぇ 」

「 暇だねぇ 」

 ここは東京都の西の外れに位置するとあるコンビニエンスストアの店内である。

「 大丈夫なんすか 」

「 何がだい月夜君 」

 20代半ばくらいの黒のパーカー付きスエットにエプロン姿の男性が答える。

「 お店ですよ こんなにお客さん少なくてやって行けるんですか 」

 お客さんの居ない店内のレジカウンター内で後ろにもたれながらだらけた姿勢でお喋りしている、見るからにやる気の無い1組の男女の不良店員は私、鳥迫月夜とりさこつくよと経営者で店長でもある … 店長だ。店長にも名前くらいはあるのだろうが店長と以外 呼ぶことがないので店長以外の呼称など必要ないのである、何度か聞いた事はあるのだが …… 忘れた かな。身長175前後でメタルバンドでギターでも弾いていそうな肩にかかる長髪が妙に似合ってる、目のキリッとした精悍な顔つきはどことなく優しそうにも見えることもあり、どちらかと言えばいい男なのだろうか。ただ性格は最悪だ、最低だ、一緒にいたらこちらまで巻き込まれてダメになるくらいの傍迷惑はためいわく野郎だ。

「 まあウチは持ちビルだからね 家賃がかからないから 光熱費が払えればなんとかなるさ 廃棄商品があれば飢え死にすることないしね 実際 難民家族を一世帯くらいなら廃棄商品で養ってけるだろう そうだ バックヤードで豚でも飼うか 」

「 なんで豚さん飼うんです 」

「 廃棄商品で育てるんだよ 」

「 育ててどうするんです 」

「 決まってるじゃないか月夜君 食肉業者に売るんだよ 」

「 誰が面倒みるんです 」

「 月夜君が 」

「 なんで私が都会の片隅のコンビニのバックヤードで豚さん育てなきゃなんですか 嫌ですよ だいたい私に懐いたトン平を食肉業者さんに引き渡したりできませんよ そんなドナドナみたいなこと私にさせようなんて店長は鬼畜な冷血野郎ですか 」

「 生きてゆく為なら鬼畜でも畜生にでも成り下がるさ それが人ってもんだろう 」

「 成り下がりでもぶら下がり健康法でも勝手にして下さいよ とにかく私を巻き込まないで下さい 」

「なんだよ つれないな月夜君は なら月夜君を飼育し … じゃなくて養ってあげ…

「 結構です 」


 セブンスマート それがこの店の名前である。そもそもセブンスマートなんてチェーン店、見た事もなければ聞いた事もない、某有名チェーンまるパクリな7をシンボル化した店名ロゴは胡散臭さ100万倍だ。

 ここは東京と言っても区ではなく市である、東京と言えば23区からなる大都会をイメージする人が多いだろうがそんなことはない、区の周りには市が張り付いており駅前こそ都会的ではあるが少し歩けば何処にでもある住宅街だ。もっと歩けば畑や空き地などが目につく。

 セブンスマートのある場所は駅から15分ほど離れた片側1車線の道路沿いで交通量はそこそこあるのだが人の姿は少ない、朝夕の通学通勤の時間帯やお昼時などはお客さんもそれなりにあるのだがそれを過ぎればお客さんはまばらである。駐車場があればもう少し集客できるのだろうが。

 マイナーチェーンであるセブンスマートにはレジ前の唐揚げやおでんなどのファーストフードはやってなくチケット発券や商品注目のネット端末の機械も無い、ただ店内に陳列した商品をレジで会計するだけのお店なのだ。有名チェーンなどでバイトする友人などの話ではレジ以外で覚えないといけない事が多過ぎてパンクしそうだとよくボヤいている。その点、レジ業務さえ出来れば何の問題もないセブンスマートは楽チンなのだ。

 ちなみにセブンス・マートではなくセブン・スマートだそうだ、意味がわからない。


「 うぎゃっ 」

「 どうした月夜君 変な声出して 生理でもはじ … グゥァッ

 私の幼少期より磨き抜いた正拳突きがセクハラ野郎の黄色いエプロンのみぞおち辺りに突き刺さる。ちなみにセブンスマートの制服はエプロンタイプなのだ。

「 我が一族に代々受け継がれし邪拳墓石砕き 店長 あなたもう死んでますよ 」

「 月夜君のそれって拳法かなんかなの 」

「 古武術ですよ 流派名とかは特に無いらしいです 家のしきたりらしくて子供の頃から習わせられるんです 1つオリジナル技を作って加えないといけないんですよ 墓石砕はかいしくだきは曾祖父が作った技らしいです 私の母は眼球毟がんきゅうむしりと言う技を加えました 私も考えなきゃなんですよ 店長 今度 技の開発の練習相手して下さいよ 」

「 … いや 遠慮させてくれ 君の家系のネーミングセンスからしてろくな技が出来上がらないのは目に見えてる 嫌な予感しかしないよ 」

「 けち 」

「 で どうした 」

「 そっか なんだっけ そだ 時間ですよ 時間の話ししないと進まないんですよ 2周目なんだからちゃんとしないと 」

「 何を言っているんだい月夜君 」

「 いいんです とにかく 店長のくだんない話に付き合ってあげたのに全然時間が経ってないじゃないですか 」

「 月夜君は時間なんて気にしなきゃなんないほど有意義な人生は送っていないだろう 」

「 ふっフゥゥン あと15分であがりですよ しかぁし 時間とはどうしてこうまで月夜ちゃんの前に立ちはだかるのであろうか 夏休み前の1週間 トイレを我慢した終業前の5分間 常に時間は私に苦難を与え続ける 時間は私の何を試そうとしているの 」

「 そんな時間なんて言ういいかげんで曖昧な物を過信しちゃダメだよ 」


 ピンポ〜ン♪


 突然の来客チャイムに。


「 いらっしゃ…

「 いらっ…


 無人の店内で自動ドアだけが閉まっていく。

 2人揃って声を出しかけて同時に押し黙ってしまったことがなんか妙に気まずい。

 高校3年の時からこの店でバイトを始めて2年以上になるが条件反射とゆうのは恐ろしいもので コンビニで買い物をしてて店員さんの「 いらっしゃいませ 」につられて何度か「 いらっしゃいませ 」と声を出した事がある。あれは死ぬほど恥ずかしい。


「 ドア壊れてるんじゃないですか 」

「 もしや霊的なあれかも 」

「 やめてくださいよ 泣いちゃいますよ それより時間がいいかげんとか曖昧とか何言ってるんすか 」

「 だぁからぁ 時間って思ってるほど正確じゃないって事だよ 信頼しすぎると足元をすくわれかねない 」

「 いやいや 時間は正確でしょ じゃなきゃカップ麺も作れないじゃん 」

「 そりゃカップ麺の出来上がるのに必要な3分間という時間の単位が刻まれるのは正確だよ だけれど その3分間を長いと感じて2分半で固茹で覚悟で箸を付ける人もいれば ちょっと気を抜いた間に5分くらい経っててノビた麺を啜る人もいる 要はその人その人 その場その場で長く感じたり短く感じたりする 」

「 そんなのその人の気分次第じゃないですか 」

「 そうだよ 人の気分次第で長くなったり短くなったりする そんないいかげんで曖昧なものの何を信頼しろと言うんだい 」

 確かに楽しい時間ほど早く過ぎ、嫌な時間ほど異様に長く感じることはよくある。これが反対だったらなぁと子供の頃からよく思う事ではあるのだが。

「 例えば何百年も生き続ける樹木と数日しか生きられない虫けらが同じ時間を体感してると思うのかい 」

「 それは … 」

「 この1年間で偉業を成し遂げた人物と 何1つ成し得ようとすらこれっぽっちもミジンコほどにも思いもしなかった君の無駄に消費した1年間が 同等の価値を持つ同じ時間の長さだとでもどの口がほざくんだい この虫ケラ風情が 」

「 ちょっ 何で私が責め苛まれる流れになってるんです そりゃ自堕落な人生なのは認めますよ しかぁし店長 あなただって返本の時テープで止めてある成人誌のテープ剥がして見たり袋とじを開けて見たりしてるの知ってますよ この前だってレジの前で小銭ばら撒いた綺麗なお姉さんの小銭拾うの手伝ってる時 前屈みになったお姉さんの開いた胸元をチラチラ盗み見してたの知ってるんですからね この変態クズ野郎 」

「 お 落ち着きたまえ月夜君 だって見えたんだから仕方ないじゃないか 」

「 うわぁっ 」

「 … つ つまりだ 」

 やめて欲い

「 時間をどう使うかは君が 君の好きにすればいい 」

 私にどうしろと言うの

「 推し縮めて使うのも 引き延ばして使うのも すべては君の自由にすればいいんだよ 」

 勝手に私に刻み付けるのは …… やめろ


「 おつかれさまです あなたたち 少しは働きなさいよ 」

 目の前に黒のセーラー服に黄色のエプロン姿の美少女が立っていた。






 西の果てにたいそう美しい鳥追いの女がいると聞く その女の名は鳥殺しの月夜といふらしい


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