大人の童話「仕来り静女」

@SyakujiiOusin

第1話

          大人の童話「仕来り静女」


                               百神井応身


 昔々、あるところに優しいお爺さんと、そのつれあいである欲張りで意地悪なお婆さんが住んでいました。お婆さんがそう見られてしまうのは、暮らしの切り盛りが厳しいことからきているのであって、本性がそうであったわけではありません。

或る日、お爺さんが山へ柴刈りに出かけると、道端に小さな女の子が蹲っていました。

 怪我をしていて歩けないようなので、家まで送り届けてあげようと尋ねたのですが、道に迷ってしまってわからないとの答えが返ってきました。

 お爺さんは仕方がないので背負っていた柴を肩から降ろしてその場に置き、代わりに家まで女の子を連れ帰ることにしました。

 家に着くと、お婆さんが烈火のように怒りました。「一体どこの誰に産ませた子だ。柴を刈りに行ったのに仕事もしないで帰ってくるとは何事だ。この役立たず!」と口汚く罵りました。お爺さんがこの年で、他に子供を産ませることなぞないことは百も承知でした。

「こんなことなら、少し早いが仕来り通り山に捨てることにするからね」ということで、女の子の怪我が治るとすぐに、お爺さんは山奥に捨てられてしまいました。

お爺さんは、自分の働きで細々ながら生計が立っていたので、お婆さんの先行きが心配でしたが、仕方がありませんでした。

 物静かな女の子だったので「静女」と名付けていた女の子には「何とか道を思い出して、人に尋ねながらでも一人でおうちにお帰り。」と告げて、山に捨てられるときの仕来りとして持たされた自分のお握りを手渡しました。


 山に捨てられたお爺さんはまだまだ元気でした。

 山で育ったから、いろんな知恵が蓄えられていて、生きていくことには困りませんでした。雨風をしのぐ小屋を建て、山じゅう歩き回って食料となるものを集めて蓄えました。

 そんな生活をしているうちに、隣領から攻められたら困る弱点や、それを防ぐ方法も見つけ出しました。隣国から攻め込まれたら民が難渋することは身に染みて解っていたのです。もはや他人事だとして放っておくことはできないと思いました。

 或る日、いつものように山道を歩き回っていると、とても綺麗な女性に声をかけられました。こんな山中に若い娘が何故?と訝っていると、「お爺さん、私です。前に助けて頂いた静女です。」と名乗りました。

「実は私は山の神の娘なのです。あなた様が山を大事にしていることを山の神はずっと前から知っていました。お爺さんとの縁を結ぶきっかけとして、以前に女の子の姿で表れたのです。お爺さんが山を守る方法をとうとう見つけ出してくれたことが判って感謝しています。これを機会に悪い仕来りである姥捨てを鎮めることができるようにして下さい。」と言って、山奥にある御殿に案内して歓待してくれた後、小さな葛籠を差し出しました。

「これは小さくて軽いように思われるでしょうが、中身はあなたの領主が善政を敷くならば、国を守るのに十分な富が詰まっています。それは次から次へと湧き出ます。あなたが気づいた国を守る方法を書状にして、一緒に届けて下さい。ただし、渡し終えるまで、決して途中で蓋を開けてはいけません。」

 正直なお爺さんは、言われた通り、お城に葛籠を届けるまで蓋を取ることはありませんでした。


 しばらくすると、お城のお殿様からお触れが出されました。

「今後、姥捨ては一切罷りならぬ。年寄りは大事に致せ」厳重なお達しでした。

 意地悪婆さんも探して召し出され、過分なお褒めを頂き、以後は行いを悔い改めて幸せに暮らしました。

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