第2話 「ねえ、もう一人ギター探さない?」
「ねえ、もう一人ギター探さない?」
春休み。
うちでミーティングをしていると、
「えー。あたしだけじゃダメって?」
「どうして?僕は
「カッコいいのは認める。でもさ、あたしは紅美の声にも惚れてるのよ。」
「あんただって、そうでしょ?」
真顔で言った。
「そりゃそうだけどさ。」
「だから、ツインギターでどう?」
あたしはギター片手にベッドに座る。
「ツインギターねえ…」
それも悪くないかな。
確かに、もっと難しい曲にチャレンジしたくても…
あたしの力量では、歌もギターも複雑にはできない。
「でもさ、どこで探すの?」
「それよね…昔は音楽屋で声かけるってのが定番だったみたいだけど、今音楽屋に来てる人って、みんなバンド組んでるしね。」
「あ、いるじゃん。」
ふいに
「何、誰。」
あたしと
「
「あたしのイトコ?」
あたしのイトコって言ったら…
本家の
…音楽には無縁の三人。
バンドマン夫婦を親に持ちながら、全くその気配のない
「誰かギター弾いてる?あたしが知ってる限りでは、誰もいないけど。」
あたしが眉間にしわを寄せて問いかけると。
「桐生院のノン君、ギターしてるんでしょ?」
「えっ?」
ノン君が?
「知らない。初耳。」
あたしが呆れた声で言うと。
「親父が言ってたよ。事務所に来て神さんと一緒に弾いたりしてるって。」
「へえー…」
ノン君が。
ちさ兄こと、
「俺の子は誰も音楽方面に興味がなくて寂しい。」
なんてぼやいてたけど。
念願叶ったりだな。
「でも、腕の方はどうなのよ。」
「親父と兄貴はイケるって行ってたけど。」
ベーシストだけど、やっぱさすが
小さな頃からギターも弾いてる。
悔しいけど、
「とりあえず、事務所行ってみない?」
「あ、それ大賛成。」
「
「…
あたしの言葉に
「お…同じドラマーとしては、気になるからよ。」
取り繕うように言ったけど。
「あ、僕、
「うるさいっ。」
「あたたたたっ。」
* * *
「母さん?」
「……」
「母さん。」
「…えっ、あ…何?」
学校から帰ると、母さんがキッチンでボーっとしてた。
「どうしたの?調子でも悪い?」
サラダの中から、ゆで卵をつまみ食い。
「…ちょっと疲れちゃって…」
「顔色悪いね。休んでなよ。あたしがするから。」
「…そう?じゃあ…」
どうしたんだろ。
いつもなら、大丈夫って
無理しちゃう人なんだけど。
「病院行く?」
母さんをソファーに座らせて言うと。
「…
母さんはあたしの手を取った。
「?」
「…何でもないの。ありがとう。」
母さんはソファーで横になると、クッションに深く頭を埋めた。
…父さんに連絡しとこうかな…
あたしは子機を手に、自分の部屋に上がる。
「あ、父さん?」
『
「うん。あのね…」
『どうした?何かあったのか?』
「いや…大した事じゃないとは思うんだけどさ…」
『何。』
「母さんの様子がおかしいの。」
『母さん?』
「うん。顔色悪いし、ボーっとしちゃって…今ちょっと横にさせてるんだけど…早く帰れない?」
『分かった。すぐ帰る。』
「え?そんなすぐじゃなくていいよ。仕事終わってからで…」
『今日は、もういいんだ。』
「…そ?じゃ、ご飯用意しとくね。」
『
「ん?」
『…いや、頼むな。』
「うん。」
電話を切って、下に降りる。
眠ってる母さんを見て、少しだけ言い知れぬ不安を覚えた。
何だろう。
家の中、何かが変わり始めてる。
* * *
「
夏休み間近。
学校の廊下、大きな声で呼び止められる。
振り返ると。
「何。珍しいね。学校で声かけてくるなんて。」
超人気者の、体育教師『
「…ぷっ。」
つい小さく笑ってしまうと。
「なんだよ。」
海君は眉間にしわ。
「いや〜ジャージ姿見慣れちゃったなと思って。最初は隠居した爺さんかと思ったけど。」
二階堂ではスーツ着用が決まっている。
「あ〜。おまえ、そんな事言っていいのか?」
海君はいたずらな目。
「え?」
「連れて行かないぞ?」
「何。どこに行くの。」
「週末にさ、温泉に行くんだけど。」
「温泉?行きたい。」
あたしは両手を握りしめて、目を輝かせる。
「いや、どうしようかな…随分ポイント下げたよな…
「嘘。ジャージ姿もサマになってる。さすが海君。」
「…ま、いっか。」
あたしのお願いポーズに、海君は笑った。
「
「えー。父さん達行かないの?」
「なんでもさ…」
「ん?」
海君は小声で。
「二人きりになって、新婚気分を味わいたいんだとさ。」
「え。」
あたしは少しだけマヌケな顔をした後。
「よっく言うわ。最近ベッタリなクセして。」
首をすくめた。
「
「あんなテンション高い奴連れて行くと、疲れるよ?」
「いいさ。賑やかな方が楽しいし。」
「空ちゃんたちも行く?」
「もちろん。桐生院の方からは、
「あ、
二階堂が秘密組織だと言う事は、本来なら血縁関係にある者しか知らないんだけど。
だけど
ことに、あたしに関係してる事ならなおさら。
本当は、こういう楽しいイベントには
「じゃ、詳しい事は電話するから。」
海君があたしの髪の毛をクシャクシャっとした。
「うん。」
あたしが手を振ってると。
「小田切先生、これ差し入れーっ。」
二年の女子が海くんに何かを手渡してる。
…人気者だな。
フィアンセがいるとも知らないで。
小田切隆夫。
それが海君の偽名であった。
* * *
「あ。」
当然のように
「補習があるんだ〜。助けて
なんて泣き言を言ってるのを後目に一人で帰宅途中。
久しぶりに音楽屋に寄り道。
ここ、昔父さんがバイトしてたんだよなー。
ギター安くしてくれないかなー。
って、新しいギターを試し弾きしてると…
「
表に、
あたしは外に出て、車椅子の
「え?あ…
イトコの
あたしの自慢のイトコだ。
去年事故で足が不自由になったけど、それでも頑張ってリハビリを続けてるし、モデルも続けてる。
「あれ?一人なの?」
「うん。なんで?」
「
…みんなに言われるな。
あたしと沙都って、そんなにくっついてるかな?
…くっついてるか。
「
「ううん。久しぶりに休みもらったから、泉んちに行こうかなって。」
「泉ちゃんち?」
「一人暮らし、やめるんだって。」
首を傾げて言った。
「え?」
すぐには意味が分からなくて黙ってると。
「家に帰るって。だから、今日は最後のお城訪問なの。」
「そうなんだー…良かった。」
泉ちゃんは二階堂本家の次女。
海君と空ちゃんの妹。
二階堂家は、あたしを始めとして…みんな家族が大好き人間。
特に、泉ちゃんの海君贔屓は、学のあたし贔屓に匹敵するぐらい。
だから、泉ちゃんが一人暮らしを始めるって聞いた時は驚いたけど…
「
「んー…そうでもないよ。泉は愚痴も泣き言も言わない。」
「へえ…すごいな、泉ちゃん。」
「でもね、たぶん…誰かにそこに居て欲しいんだろうなあって。」
「……」
「だから、ただ一緒に居て、お茶飲んだりするだけなんだけどね。」
「…十分だよ。」
泉ちゃんが家を出た理由は…
たぶん、あれだ。
海くんが、環兄の子供じゃないって知ったから。
あたしは…何となくだけど、早くに気付いてしまってた。
だって。
海くんの声って…
家族が好きだから。
海君が好きだから。
たぶん、泉ちゃんには受け止められなかった。
織姉が、環兄以外の人の子供を産んだ事。
海君に、自分と同じ環兄の血が流れてない事。
「音楽屋に何か用事?」
思い出したように、店内を指差すと。
「ううん。あたしも何か楽器ができたらな…って今さらながらに思ってたの。」
「今から始める?」
「考えただけでもパンクしちゃいそう。」
顔を見合わせて笑って、
「あっ、週末の温泉、行くんだよね?」
今日、海君から聞いた話を持ち出すと。
「うん。
「行く行くー。」
「ふふっ。いつもはリハビリで行くだけだから、みんなで温泉なんて楽しみだな。」
「一緒に入ろうね。」
「迷惑かけるかもしれないけど。」
「何言ってんの。全然だよ!!あたし、力持ちだから抱えて上げる。」
力こぶを見せると、
…良かった。
「泉ちゃんちまでどうやって行くの?タクシー?」
「うん。ここまでは散歩がてら来たんだけど。
「えっ、いいのー?やったー。」
そうしてあたしは。
「何、
なんだか少し晴れやかになった泉ちゃんの顔を見て、小さなモヤモヤを忘れたいと思った。
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