第2話 「ねえ、もう一人ギター探さない?」

「ねえ、もう一人ギター探さない?」


 春休み。

 うちでミーティングをしていると、沙也伽さやかが言った。


「えー。あたしだけじゃダメって?」


「どうして?僕は紅美くみちゃんのギター、カッコよくて好きだけどな。」


 沙都さとがクッションを抱きしめたまま言った。


「カッコいいのは認める。でもさ、あたしは紅美の声にも惚れてるのよ。」


 沙也伽さやかは沙都の頭をポンポンとして。


「あんただって、そうでしょ?」


 真顔で言った。


「そりゃそうだけどさ。」


「だから、ツインギターでどう?」


 あたしはギター片手にベッドに座る。


「ツインギターねえ…」


 それも悪くないかな。

 確かに、もっと難しい曲にチャレンジしたくても…

 あたしの力量では、歌もギターも複雑にはできない。


「でもさ、どこで探すの?」


 沙也伽さやかに問いかける。


「それよね…昔は音楽屋で声かけるってのが定番だったみたいだけど、今音楽屋に来てる人って、みんなバンド組んでるしね。」


「あ、いるじゃん。」


 ふいに沙都さとが顔を上げた。


「何、誰。」


 あたしと沙也伽さやか、同時に沙都さとに聞いた。


紅美くみちゃんのイトコの…」


「あたしのイトコ?」


 あたしのイトコって言ったら…

 本家のうみ君と、そらちゃんいずみちゃん。

 …音楽には無縁の三人。


 バンドマン夫婦を親に持ちながら、全くその気配のない桐生院きりゅういんのノン君にサクちゃんに華月かづきちゃん…伯父さんになるけど、聖くん。


「誰かギター弾いてる?あたしが知ってる限りでは、誰もいないけど。」


 あたしが眉間にしわを寄せて問いかけると。


「桐生院のノン君、ギターしてるんでしょ?」


「えっ?」


 ノン君が?


「知らない。初耳。」


 あたしが呆れた声で言うと。


「親父が言ってたよ。事務所に来て神さんと一緒に弾いたりしてるって。」


「へえー…」


 ノン君が。



 ちさ兄こと、かみ 千里ちさと伯父様は。


「俺の子は誰も音楽方面に興味がなくて寂しい。」


 なんてぼやいてたけど。

 念願叶ったりだな。



「でも、腕の方はどうなのよ。」


 沙也伽さやかが問いかけると。


「親父と兄貴はイケるって行ってたけど。」


 沙都さとはあたしからギターを取って弾き始めた。

 ベーシストだけど、やっぱさすが朝霧あさぎり真音まのんの孫。

 小さな頃からギターも弾いてる。

 悔しいけど、沙都さともギター上手いんだよなあ。



「とりあえず、事務所行ってみない?」


 沙都さとがそう言うと。


「あ、それ大賛成。」


 沙也伽さやかが立ち上がってまで賛成した。


希世きよがドラム叩いてるとこ見たいし。」


「…沙也伽さやか、最近希世きよと仲いいね。」


 あたしの言葉に沙也伽さやかは一瞬身構えて。


「お…同じドラマーとしては、気になるからよ。」


 取り繕うように言ったけど。


「あ、僕、沙也伽さやかちゃんならいいよ。」


 希世きよの弟である沙都さとにニヤニヤしながらそう言われて。


「うるさいっ。」


「あたたたたっ。」


 沙都さとの頬を思い切りつねった。



 * * *



「母さん?」


「……」


「母さん。」


「…えっ、あ…何?」


 学校から帰ると、母さんがキッチンでボーっとしてた。


「どうしたの?調子でも悪い?」


 サラダの中から、ゆで卵をつまみ食い。


「…ちょっと疲れちゃって…」


「顔色悪いね。休んでなよ。あたしがするから。」


「…そう?じゃあ…」


 どうしたんだろ。

 いつもなら、大丈夫って

 無理しちゃう人なんだけど。


「病院行く?」


 母さんをソファーに座らせて言うと。


「…紅美くみ。」


 母さんはあたしの手を取った。


「?」


「…何でもないの。ありがとう。」


 母さんはソファーで横になると、クッションに深く頭を埋めた。


 …父さんに連絡しとこうかな…

 あたしは子機を手に、自分の部屋に上がる。



「あ、父さん?」


紅美くみか。』


「うん。あのね…」


『どうした?何かあったのか?』


「いや…大した事じゃないとは思うんだけどさ…」


『何。』


「母さんの様子がおかしいの。」


『母さん?』


「うん。顔色悪いし、ボーっとしちゃって…今ちょっと横にさせてるんだけど…早く帰れない?」


『分かった。すぐ帰る。』


「え?そんなすぐじゃなくていいよ。仕事終わってからで…」


『今日は、もういいんだ。』


「…そ?じゃ、ご飯用意しとくね。」


紅美くみ。』


「ん?」


『…いや、頼むな。』


「うん。」



 電話を切って、下に降りる。

 眠ってる母さんを見て、少しだけ言い知れぬ不安を覚えた。


 何だろう。

 家の中、何かが変わり始めてる。



 * * *


紅美くみ。」


 夏休み間近。

 学校の廊下、大きな声で呼び止められる。

 振り返ると。


「何。珍しいね。学校で声かけてくるなんて。」


 うみ君がジャージ姿でかけよって来た。


 超人気者の、体育教師『小田切おだぎり先生』


「…ぷっ。」


 つい小さく笑ってしまうと。


「なんだよ。」


 海君は眉間にしわ。


「いや〜ジャージ姿見慣れちゃったなと思って。最初は隠居した爺さんかと思ったけど。」


 二階堂ではスーツ着用が決まっている。


「あ〜。おまえ、そんな事言っていいのか?」


 海君はいたずらな目。


「え?」


「連れて行かないぞ?」


「何。どこに行くの。」


「週末にさ、温泉に行くんだけど。」


「温泉?行きたい。」


 あたしは両手を握りしめて、目を輝かせる。


「いや、どうしようかな…随分ポイント下げたよな…紅美くみは。」


「嘘。ジャージ姿もサマになってる。さすが海君。」


「…ま、いっか。」


 あたしのお願いポーズに、海君は笑った。


りく兄とうらら姉は残るって言ってたから、がくと来いよ。」


「えー。父さん達行かないの?」


「なんでもさ…」


「ん?」


 海君は小声で。


「二人きりになって、新婚気分を味わいたいんだとさ。」


「え。」


 あたしは少しだけマヌケな顔をした後。


「よっく言うわ。最近ベッタリなクセして。」


 首をすくめた。


沙都さとも連れてきていいぞ?」


「あんなテンション高い奴連れて行くと、疲れるよ?」


「いいさ。賑やかな方が楽しいし。」


「空ちゃんたちも行く?」


「もちろん。桐生院の方からは、華月かづききよしが来る。」


「あ、華月かづきちゃんも?嬉しいなー。楽しみだなー。」


 二階堂が秘密組織だと言う事は、本来なら血縁関係にある者しか知らないんだけど。

 沙都さとは昔からうちに入り浸りだったせいで…偶然秘密を知ってしまった。

 だけど沙都さとはかなり口が固い。

 ことに、あたしに関係してる事ならなおさら。


 本当は、こういう楽しいイベントには沙也伽さやかも誘いたいんだけどな…

 沙也伽さやか、誰かあたしの身内と結婚しないかな…



「じゃ、詳しい事は電話するから。」


 海君があたしの髪の毛をクシャクシャっとした。


「うん。」


 あたしが手を振ってると。


「小田切先生、これ差し入れーっ。」


 二年の女子が海くんに何かを手渡してる。


 …人気者だな。

 フィアンセがいるとも知らないで。


 小田切隆夫。

 それが海君の偽名であった。



 * * *



「あ。」


 当然のように沙都さとが赤点を取って。


「補習があるんだ〜。助けて紅美くみちゃん〜。」


 なんて泣き言を言ってるのを後目に一人で帰宅途中。

 久しぶりに音楽屋に寄り道。

 ここ、昔父さんがバイトしてたんだよなー。

 ギター安くしてくれないかなー。

 って、新しいギターを試し弾きしてると…


華月かづきちゃんっ。」


 表に、華月かづきちゃん発見。

 あたしは外に出て、車椅子の華月かづきちゃんに声をかける。


「え?あ…紅美くみちゃん。久しぶり。」


 イトコの華月かづきちゃんは、モデルをしている。

 あたしの自慢のイトコだ。

 去年事故で足が不自由になったけど、それでも頑張ってリハビリを続けてるし、モデルも続けてる。


「あれ?一人なの?」


 華月かづきちゃんが、あたしの周りを見渡して言った。


「うん。なんで?」


沙都さとちゃんは?」


 …みんなに言われるな。

 あたしと沙都って、そんなにくっついてるかな?

 …くっついてるか。



沙都さとはまだ学校。華月かづきちゃん、今日は?仕事?」


「ううん。久しぶりに休みもらったから、泉んちに行こうかなって。」


「泉ちゃんち?」


 華月かづきちゃんは少しだけ優しい顔になって。


「一人暮らし、やめるんだって。」


 首を傾げて言った。


「え?」


 すぐには意味が分からなくて黙ってると。


「家に帰るって。だから、今日は最後のお城訪問なの。」


 華月かづきちゃんは満面の笑み。


「そうなんだー…良かった。」


 泉ちゃんは二階堂本家の次女。

 海君と空ちゃんの妹。

 二階堂家は、あたしを始めとして…みんな家族が大好き人間。

 特に、泉ちゃんの海君贔屓は、学のあたし贔屓に匹敵するぐらい。

 だから、泉ちゃんが一人暮らしを始めるって聞いた時は驚いたけど…



華月かづきちゃんは、泉ちゃんから色々相談されたりするの?」


「んー…そうでもないよ。泉は愚痴も泣き言も言わない。」


「へえ…すごいな、泉ちゃん。」


「でもね、たぶん…誰かにそこに居て欲しいんだろうなあって。」


「……」


「だから、ただ一緒に居て、お茶飲んだりするだけなんだけどね。」


「…十分だよ。」



 泉ちゃんが家を出た理由は…

 たぶん、あれだ。

 海くんが、環兄の子供じゃないって知ったから。

 あたしは…何となくだけど、早くに気付いてしまってた。


 だって。

 海くんの声って…

 華月かづきちゃんの彼氏、詩生しお君の声に似てる。


 家族が好きだから。

 海君が好きだから。

 たぶん、泉ちゃんには受け止められなかった。

 織姉が、環兄以外の人の子供を産んだ事。

 海君に、自分と同じ環兄の血が流れてない事。



「音楽屋に何か用事?」


 思い出したように、店内を指差すと。


「ううん。あたしも何か楽器ができたらな…って今さらながらに思ってたの。」


「今から始める?」


「考えただけでもパンクしちゃいそう。」


 顔を見合わせて笑って、華月かづきちゃんの笑顔って本当にかわいいなって惚れ惚れ。


「あっ、週末の温泉、行くんだよね?」


 今日、海君から聞いた話を持ち出すと。


「うん。紅美くみちゃんも?」


「行く行くー。」


「ふふっ。いつもはリハビリで行くだけだから、みんなで温泉なんて楽しみだな。」


「一緒に入ろうね。」


「迷惑かけるかもしれないけど。」


「何言ってんの。全然だよ!!あたし、力持ちだから抱えて上げる。」


 力こぶを見せると、華月かづきちゃんは楽しそうに笑ってくれた。


 …良かった。

 華月かづきちゃんが笑っていてくれて。


「泉ちゃんちまでどうやって行くの?タクシー?」


「うん。ここまでは散歩がてら来たんだけど。紅美くみちゃん、良かったら一緒に行く?」


「えっ、いいのー?やったー。」


 そうしてあたしは。

 華月かづきちゃんと一緒にタクシーに乗り込んで。


「何、紅美くみまでついて来たのー?」


 なんだか少し晴れやかになった泉ちゃんの顔を見て、小さなモヤモヤを忘れたいと思った。

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