いつか出逢ったあなた 18th

ヒカリ

第1話 「じゃーあー、あたしぃー、チキンバーガー。」

「じゃーあー、あたしぃー、チキンバーガー。」


「あっ、あたしもそれーっ。」


「それとぉー、ナゲットとぉ…」


「あたし、コーラやめてウーロン。」


「あっ、じゃあ、あたしもー。」



 ……


 イライライライライライラ。

 何なのよ、さっきから。

 あんたらのせいで、隣の列の方が早く進んじゃったじゃないのよ。


「あっ、待ってぇー。やっぱりぃーポテトはSねー。」


 プチッ。


 キレそうになった瞬間。


「お客様、お待たせいたしました。こちらにどうぞ。」


 あたしの顔色を見てたのか、隣のレジの店員が、あたしを呼んだ。


「……」


「……」


 つい、隣の女子高生三人組を呆れた顔で見ると。

 向こうも負けじとあたしを舐めるような目で見て来た。


「ご注文どうぞ。」


 店員に言われて、あたしはメニューに目を落として。


「チキンバーガー二つにポテトのLを一つ。それとコーラとウーロン茶のMサイズを一つずつ。あと、アップルパイを二つ。」


 だーっと言い切ると、店員がオーダーを繰り返した。


「以上でよろしいですか?」


「はい。」


「…よく食べるわねぇ、一人で…」


 隣の三人組が笑った。


「…余計なお世話だわ。それより早く頼めば?後ろ、大渋滞よ。」


 あたしの言葉に三人組は後ろを見た後。


「うるさいわね!あたし達は客なのよ!」


「ダッサイ靴下はいちゃって!同じ高校生なんて思いたくないわ!」


「ここは、あたし達みんなの店よ!」


 …はいはい。

 言ってる事がおかしすぎて、反論する気にもならない。

 後ろに並んでる客達も、笑いを押し殺してる。


「何とか言ったらどうなのよ!」


「…沙都さと、遅い。」


 あたしが店の入り口を振り返って言うと。


「ごめん、紅美くみちゃん。」


 のっぽの沙都さとは、極上の笑顔であたしに駆け寄った。


「あ、買っといてくれたんだ。」


「適当に頼んだわよ。」


「僕の好み、分かってるクセに。」


「明日はあんたのおごり。」


「分かった。」


 三人組はまだオーダーもせず、あたしと沙都さとのやりとりを眺めてる。

 まあ…仕方ないか。


 沙都さとは他校でも人気者だ。



「席、あそこでいい?」


 トレイを持って、沙都さとが窓際の明るい席に向かう。

 舗道には先週降った雪がまだ少し残ってて、その白さが景色を明るく見せた。



「沙都。」


 席についてすぐ、あたしは切り出す。


「何?」


「今回のテストで赤点取ったら、もうあんたの家教やんないよ。」


「ガーン…」


「ガーンじゃないわよ。教え甲斐のない奴には教えたくないから。」


 あたしの言葉に、沙都さとは顔面蒼白。


「だいたい進級試験で赤点なんて取ったら、あんた留年決定よ?」


「…でも、追試があるよ?」


「あたしが時間を割いて教えてんのに、赤点取るつもりでいんの?早く教科書とノート出して。」



 朝霧あさぎり沙都さとは、朝霧家の次男坊。

 あたしより一つ年下の16歳。

 お祖父さんは、Deep RedとF'sってバンドでギタリストをしてた朝霧あさぎり真音まのん

 父親は、SHE'S-HE'Sのドラマー朝霧あさぎり光史こうし


 あたしの父親も、そのバンドのギタリストだから、あたしと沙都さとは幼馴染と言うか兄弟と言うか…

 まあ、家族のようなものだ。


 沙都さとの兄である希世きよも、バンドマン。

 DEEBEEってバンドで、ドラムを叩いてる。


 ギタリストの祖父、ドラマーの父と兄を持つ沙都さとは、朝霧家にはベーシストがいない。と、ベースを弾き始めた。

 あたしは物心付いた頃には、そばにギターが当たり前にあったから。

 気が付いたら、弾いていた。

 もろに、父親、二階堂にかいどう りくの影響。


 幼馴染の宇野うの沙也加さやかがドラムを始めたのをキッカケに、沙都さとと三人でバンドを組んだ。

 プロになるとか…そんなつもりはないけど。



「…紅美くみちゃん。」


「何。」


「どの公式使えばいいのか、わかんない。」


「昨日やったよ。前のページ見て。」


 必死で数学に取り組んでる沙都さと

 そんな沙都さとに、周りの席の女の子達が熱い視線を送ってくる。

 他校でも人気者の、桜花のアイドル。

 だけど沙都さとは…



 あまり女の子に興味がない。



 * * *



「…爆弾魔、壮絶死…」


 古い新聞記事か何かのコピー。

 18年前の日付け。

 学校から帰ると、あたし宛に手紙が届いてた。

 そして、中身がそれ。



「…なんであたしに、こんな物?」


 差出人の名前はない。

 …嫌がらせかな?


 それにしては古い記事だけど。

 もしかして、二階堂で追ってた事件とか?

 二階堂はヤクザを装った警察の秘密機関で、父さんの双子の姉であるしき姉夫婦が跡を継いでる。


 それにしても…これ、ひどい事件だなあ。

 自作の爆弾を試したいがために、15人も殺してる。

 …えっ、自分の妻子まで…?


 記事を眺めながら、冷蔵庫からビールを取り出す。

 開けて一口。


「んまっ。」


 それにしても。

 こんな大事件なら、父さんも知ってるかも。

 聞いてみようかなー。

 …とは言ってもなー。

 最近父さん、忙しそうなんだよなあ。



「……」


 あたしは記事をポケットにおさめると。


がくー、夕飯まで寝るから起こしてねー。」


 学の部屋の前でそう言って、自分の部屋に入った。



 * * *


「……」


 また来た。

 あれから三度。

 あたし宛に、例の爆弾魔の事件の事。

 …調べろって事?


 何の予定もない土曜日、あたしは自転車で本家に向かった。



うみ君。」


 本家に着いてすぐ、長男の海君発見。

 あたしより9歳年上の色男。

 海くんは、今色んな事情で桜花に体育教師として潜入している。



「ああ、紅美くみ。何、うちに来るなんて珍しいな。」


「ちょっと相談があるの。時間いいかな。」


「今から本部に行くけど、少しならいいよ。」


 あたしはポケットから記事のコピーを取り出すと。


「最近ね、これが送られて来るのよ。」


 海君にそれを差し出した。


「何だ?」


 海君は記事に目を落として。


「これが紅美くみに?」


 眉間にしわを寄せた。


「うん。もうこれで4回目。」


「…いたずらだろうけど、嫌な感じだな。」


「いたずら…なのかな。」


「いたずらじゃなかったら、何だって言うんだよ。」


「…この爆弾魔って、あたしに何か関係ある?」


 あたしが海君の手元の記事を覗き込んで言うと。


「のんきに食って寝てこんなに大きく育ったおまえと、何の関係があるって?」


「ひどっ!そりゃ確かにあたしはデカイけどさ!」


 悲しいかな。

 あたしは身内の女の中で、一番高身長の175cm。

 クラスの男子も、大半はあたしより小さい。


 海君は笑いながら。


「これ、一応もらっていいか?」


 記事のコピーをヒラヒラさせた。


「うん。」


「じゃ、俺出掛けるから。そら朝子あさこもいるから、ゆっくりしてけよ。」


「ありがと。」


 海君を見送って、あたしは家に入る。

 空ちゃんは、あたしより6歳年上で、海君同様二階堂の仕事をしている海くんの妹。

 朝子ちゃんは、あたしより一つ年上。

 桜花の短大生で、海君の許嫁。

 小さな頃から同じ敷地内で暮らしてた二人は、一見仲のいい兄妹。

 でも、朝子ちゃんは海君に恋してるんだよな。


 恋…か。



 * * *



紅美くみ。」


 本家で朝子ちゃんの作ったパイをたらく食べて帰ると、珍しく父さんが家にいた。


「何。」


「海から電話があったぞ。」


「ああ、何か言ってた?」


「何か言ってたじゃなくて、どうして俺に言わないんだよ。」


 父さんは、いつになく真剣な顔。


「だって、いないじゃない。」


「携帯に電話くれても。」


「わざわざ?そんな大したことじゃないよ。」


 あたし、冷蔵庫から牛乳を取り出す。


「母さんは?」


桐生院きりゅういん。」


「あ、あたしも行こうかな。」


 桐生院は母さんの実家。

 大好きな従姉妹の華月かづきちゃんもいる。



「それよりいつからだ?例の手紙は。」


「えーと…一月の終わりが最初だったかな。」


「二ヶ月も前じゃないか。」


「そんなに気にしてなかったんだもん。」


 父さんは腕組みをして難しい顔。


「ただの嫌がらせでしょ?」


 あたしが怪訝そうに言うと。


「嫌がらせって、何の嫌がらせだよ。」


沙都さとと一緒にいるから。」


「そんな事で嫌がらせなんてされるのか?」


沙都さとは意外と人気者だからね。」


 牛乳をグラスに注いで、一気飲み。

 ああ、美味しい。



「ちょっと本部行って来る。」


「はいはい。」


 父さんは忙しい人だな。

 音楽一本にしとけばいいものを、しょっちゅう二階堂の手伝いなんてしちゃうから。

 母さん、グチグチ言いながら桐生院に帰っちゃうんだよ。


 でも、父さんと母さんはお互いの足りない部分を補い合ってる。

 だから、ケンカしながらでも夫婦してられるんだよね。

 あたしはケンカなんて、面倒でやだけど。

 あの二人はケンカするほど仲がいい。を、地で行ってる感じ。

 ケンカの後のイチャイチャ感は、どこの親だって言いたくなるけどね。



紅美くみちゃん。」


 部屋に上がると、下から沙都さとの声。

 続いて、けたたましく階段を上がる音。


「何。嬉しそう。」


「じゃーん。」


 部屋に入ってすぐ、沙都さとはテストをあたしの目の前に出した。


「追試?」


「うん。初めての90点台。」


「良かったじゃない。」


 小さく笑う。

 ほんと…こいつは。


「ご褒美は?」


「子供みたいな事言わないの。」


「なんでー。キスしてよ。」


「……」


 そんな可愛い顔されたら、イヤとも言えないな。

 軽く、キス。


「よく頑張りました。」


 ゆっくり頬に触ると。


「おいでよ、紅美くみちゃん。」


 沙都さとはあたしの腰に手をまわして、ベッドに座った。



 沙都さとは、女の子にあまり興味がない。

 あたし以外の女に、男としての機能が働かないから。


 あたし達は小さな頃から気が合ってた。

 だからいつも一緒にいた。

 お互いの家を行き来して、いまだに…一緒にお風呂に入る。


 沙都さとが女の体に興味を持ち始めた頃、あたしも男の体に興味を持ち始めた。

 あたしが中二で沙都さとが中一。

 あたしが痛みに鈍かったのか、それとも体の相性が良かったのか。

 初体験で味わう痛みというものが、あたしにはなかった。

 それはそれで、ラッキーだったけど。


 沙都さとは何人か彼女を作ったものの、一向にその彼女たちを抱く事ができなかった。

 それに気付いてからというもの、沙都さとは彼女を作らない。


 あたしは、特に恋愛に興味がなく。

 告白して来る男達にも、とりわけ魅力を感じられなくて…

 沙都さとの体温を、一番心地良く、愛しく感じてしまっている。


 恋がしたいとは思わないけど、そういう感情とめぐりあえない。

 あたしには欠落した感情なのかな。

 それが、あたしのコンプレックスでもある。



「…紅美くみちゃん、少し痩せた?」


 あたしの背中にキスしながら、沙都さとが言う。


「どうだろ…あんたがそう思うなら、そうなのかもね。」


「傷跡が赤くなってる…」


 あたしの背中には、自分でも知らなかった傷跡がある。

 沙都さとに言われて、初めて知った。



「あ…」


 傷跡を舐められて、つい声が漏れる。


「…知ってる?紅美くみちゃんのこの傷、熱くなると赤くなるんだよ。」


 沙都さとは、あたしのコンプレックスを和らげてくれる存在。

 それでもあたし達は恋人同士じゃない。



 誰よりも、お互いの体の事を一番知っていても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る