第3話②

正宗と名前を持たないホログラムの少女は店から出て近くの公園までやって来ていた。


ここまで来る途中で男達からは羨ましそうに見つめられ、女からは「あの男、金だけはあるみたいね」何て話し声が正宗の耳には届いていた。


つまり、正宗とホログラムの少女が隣同士で歩くには不釣り合いと言う事は正宗は痛感していた。


誰かに言われなくてもそれは理解出来ていた。正宗はブランコに座ると夕日に沈む太陽を眺めていた。ホログラムの少女はそんな正宗はただ見つめていた。




「何であの店に居たんだ?」




正宗は店員の少女がホログラムの少女と分かってから緊張せずに話せる事に気づきながらもホログラムの少女の答えを待っていた。




「……そうですね」




ホログラムの少女は答えにくそうにしている。


そんな光景を見て、正宗は人間みたいだなとホログラムの少女を見つめる。


しかし、正宗の知るホログラムの少女はアイドルだったり受付をやったり、デパートの案内役をやったりとしているイメージがある。


そんなホログラムで造られたものを見てきた正宗が店に居たホログラムの少女を見間違えたのはホログラムと感じさせないバリエーションの多い表情に加えて、しっかりと意思を感じる。




「無理に答える事は無いよ」


「嫌、答えさせて下さい。あの店から出る事が出来なかったのです」


「何で?」




正宗は素直に理解出来ない事をホログラムの少女に告げる。




「あの店にホログラムに必要な投影機が取り付けてあったんです」


「……あれ?今は投影機もディスプレイも無いぞ」




正宗が言う様に辺りには遊具はあるが投影機がある筈も無い。


ここの公園までも歩いて来た正宗の隣を何食わぬ顔で歩いていた為、気にも止めなかったが、今考えるとホログラムの少女の事を何も知らない事を思い知る。




「wcsのお陰です」




正宗は首を傾げる。


wcsは簡単に言えば生物以外を武器に変換する一連の動作を指し、その過程で造られた武器もwcsと表現する場合がある。wcsは持ち主の思いの力を大きく影響を受ける為、その時の感情や状況によって違った武器になる。


wcsに使われるは魔法石一つだけで出来る。まるで魔法にかけた様に物を武器に変換出来るとして魔法石と呼ばれている。初期の時は賢者の石とも呼ばれていた時期もあった。


正宗が知るwcsの知識はこれぐらいだ。


それ故に正宗はホログラムの少女の言葉の意味が理解出来ずに居る。




「wcsのお陰ってどうゆう事だ?」


「説明が難しいですが……簡単に説明するとwcsと私が同化したと言えば分かって貰えますか?」


「……つまり、良くは分からないけど……投影機が無くてもホログラムとしてここに要られるし、武器にも変換出来るって事?」




拙(つたない)い言葉で正宗は告げる。


告げたものの理解は出来ていなかった。しかし、ここにホログラムの少女が居るとゆう事実は変わらない事だけは理解出来ていた。


正宗は確認する様にホログラムの少女を見つめる。


風が吹くなか髪が揺れ、夕日に当てられて幻想的に見える。


触れる事は出来ないと理解しているが手を伸ばせば触れられる距離に二人は居る。しかし、正宗は手を伸ばす事は無い。


ただ眺める。ホログラムと言え、正宗には眩しすぎる。


手を触れようとも思わない。触れようと思っても触れられないのだから。


正宗はブランコから降り、体を伸ばす。




「帰るか」




正宗は欠伸をしながら告げる。


その一言にホログラムの少女は困った表情で正宗に近づく。




「私も良いですか?」




正宗は固まる。


暫くして、思考がまとまる。




「そうだよな……」




(置いていく訳にもいかないからな)




正宗は自身の家に招く事を考える。


正宗の家は団地の三階にあり、3LDKで広さは充分だ。


住んでいるのも正宗と母の二人だけだ。一人増えても問題は無いが、今年から高校生になる年頃の男がホログラムを家に住まわせるとなると母親への説明が難しい。


正宗は考えた。公園から出ても、道を歩いても、家の階段を登る途中も、家の玄関に到着しても、母親が居ない家に着いても、自身の部屋に入っても思い浮かぶ事は無かった。




「聞いて貰いたい事がある」




正宗は一人では無理だと分かるとホログラムの少女の知恵を借りる事にした。ホログラムの少女はAIが搭載されている筈だと思っている正宗はこの状況を変えてくると考えていた。事実、ホログラムの少女にはAIが搭載されている。しかし、AIを搭載してあっても知識は片寄る。


ホログラムの少女には学習能力がある。知れば知る程、知識が広がるがあの店から出る事が出来なかったホログラムの少女の知識は乏しい。




「何でしょう?」




深刻な表情の正宗を見てホログラムの少女は優しく答える。


正宗との関係はついさっき出会った仲だが、正宗の様子からただ事で無い事を理解した。




「母さんが……」


「母さん?」


「そうだ……帰ってくる」


「そう……ですか」




ホログラムの少女は深刻な表情した正宗の口からどんな言葉が出てくるのかと、気にしていたがその正体が母親と知り、ホログラムの少女は呆れた表情を正宗に向ける。


ホログラムの少女には思春期の男には色々あると言う知識がしっかりとある。




「母さんが帰って来る前に……何とかしないとな」


「そうですね」




正宗とホログラムの少女はお互いにやるべき事を理解する。


正宗は真っ直ぐ、ホログラムの少女を見つめる。そんな正宗にホログラムの少女は頷く。




「暫く、部屋を出るので片付けては?」


「何を?」




ホログラムの少女はこれで伝わらないのかと首を傾け、不思議そうな表情で正宗に訴えかける。そんなホログラムの少女を見て正宗も首を傾げる。


そんな正宗にホログラムの少女は言い方を変え、話を進める。




「アダルトグッズ等を……」


「アダルト?」


「はい。私の知る知識では思春期を迎えた男性の部屋はアダルトグッズで埋め尽くされ、その隠し場所を模索すると記憶しています」




正宗は固まる。


思考が追い付かない。


正宗はさっきまでホログラムの少女の説明を母親にどう伝えるのかを考えていた筈だった。しかし、現在はその考えが一切無い。


ホログラムの少女から予想もしていなかった[アダルトグッズ]の一言による衝撃が現在の正宗を固める要因となっている。


しかし、少しずつ正宗は理解していく。




「アダルトグッズじゃ無い。お前だよ」


「……私はアダルトグッズの類いでは無いですよ。確かにホログラムで立体的に見える映像も出回っている様ですが……私はプログラムによって肌の露出は制限があるので」


「違う。お前の説明をどうするかだよ」




暑く語る正宗にホログラムの少女は対称的に冷静なままだ。




「勘違いを……大変申し訳ありません」




丁寧な口調で謝罪しながら頭を下げるホログラムの少女を見て、荒れた呼吸を整える正宗はベッドの上と掛け布団の間にあったアダルトな本を隠す様に移動させる。




(これで何とか……やり過ごせるか?)




額を流れる冷や汗を袖拭いた正宗は思考をまとめる。


アダルトな本はもう大丈夫だろう。残る問題はホログラムの少女だけだ。


素直にwcsでホログラムの少女を武器にして家に連れていたと言ったら母親はどんな反応をするのだろう。少なくとも正宗はこう考える。


母親は顔を背け、ぎこちなく、冷たくあしらわれるだろう……と


彼女として紹介する訳にも、友達としても無理があるだろう。1日なら問題は無いだろうが、ホログラムの少女はこれから正宗とは長い付き合いになるのだから年数単位で住まわせなければいけない。


鍵が開く音が静かな正宗の部屋に響く。




(……帰って来た)




帰って来ることは分かっていたが、動揺して正宗はあたふたと動き回るそんな正宗を見てホログラムの少女は優しく語りかける。




「落ち着いて下さい」


「……」


「取り敢えずその本を片付けて下さい。お母様に性癖が露見してしまいます」




(じたばたした時に……)




隠していたアダルトな本を片手に正宗は所定の場所に戻すため動く。


その時だ。正宗の部屋の扉が開く。開けた犯人は母親だ。


この家ではノック無しで扉を開ける母親が居る。正宗からしたらそれが苦痛だが、何も口を出さない。それをしたらやましい事があると思わせる事になる為、正宗は未だに母親の暴挙を許している。その為、今も母親は正宗の部屋をいつも通り開けて「ただいま」と一言告げて、部屋を出るいつも通りのルーティンを行う為、正宗の部屋の扉を開ける。


扉を開けた母親はいつもとは違う部屋を見て、固まる。


アダルトな本を片手にしていることはスルー出来ても、綺麗な姿勢で立ち尽くす少女はスルー出来なかった。正宗が人間離れした絶世の美女を連れ込みアダルトな本を見せつけているこの状況でどの様な行動を取れば良いのか正宗の母親は取り敢えず、一旦正宗の部屋の扉を閉める。


正宗の母親は深呼吸を一度すると扉を開ける。この時をいつも通りノックはしない。ノックをする習慣が無い為、ためらいが無い。


正宗の母親が再び息子である正宗の部屋は一度目とは違っていた。


まず、正宗が手にして居たアダルトな本が無く、正宗はベッドに腰かけている。しかし、正宗の母親が最も気にしているのは息子では無く、正宗が連れ込んだと思われる絶世の美女だ。


絶世の美女はさっきから一ミリも動いた様子が無い。




「ただいま」




正宗の母親はいつも通りのルーティンを行う。




「お帰り」




正宗はいつも通りの返答をする。


無言が続く部屋の中、正宗は母親の「その子誰?」を待つ。


それがあればwcsで武器化させたホログラムの少女だと説明出来る。


そんな事を考える正宗に対して正宗の母親は息子からの恋人紹介を待ち続ける。お互いが受け身に入った部屋の中、ホログラムの少女は取り敢えず、正宗に任せて、動かずにやり過ごす様に努める。


それから何分が経っただろうか?


正宗は耐えきれない部屋の空気に負けて、今日会った全てを話す。


店の事。そして正宗の部屋に居る少女がホログラムでwcsをこのホログラムの少女に使用したことを……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る