第二話 大いなる力の真実
「私の中の……モノ……?」
どくん、と。
張り裂けそうな胸の高まりは、アカリの人を寄せ付けない態度からだけではない。
まるで自分自身を見透かされたような言葉が、覚えもないのにどこかで悪寒を生み出す。
「まだ気付いていなかったの? 意外と鈍感なのね」
「な、何のことなの? 私、病気か何かなの?」
ミウの問いかけに、アカリは呆れたような表情を浮かべる。
その表情にさえ、ミウはもう親近感を感じることはできなくなっていた。
「いいえ。むしろそれは大いなる力よ。使いこなせれば誰もあなたには敵わない」
ミウの手を取り、薄く笑うアカリ。
それは、他の誰からも感じえないような冷たい微笑みだった。
「この世界を創り上げた力が、人──いえ、角人ならざる更に強大な力が、あなたの中には眠っているの」
アカリがミウの手を握る力が、いっそう強くなる。
「……っ! そ、そんな、馬鹿なこと言わないでよ……!」
ミウは未だに彼女の言葉が信じられず、彼女の手を引き剥がす。
いつの間にか、自分の息が強く、荒くなっているのを感じていた。
「私は誰よりも角音が下手くそで、頑張って追いついてるだけの落ちこぼれなんだよ? そんなこと言われても、信じられるわけないよ……」
その表紙にミウの手から落ちた角音の炎の玉が、しぼんで消える。
ぼんやりと照らしてくれていた光が、また月夜の光だけに戻っていく。
その中で浮かび上がる、アカリの紅い瞳。
彼女はミウの訴えかけが全く心に響いていないとでもいうように、すっと手を差し伸べて告げる。
「いいえ、間違いなくあなたは生まれながらにして
────竜の力。
いつの間にか、二人の奥には図書室の大きな閉ざされた扉があった。
アカリはその扉に手をかけながら、もう片方の手をミウへと差し伸べる。
「あなたの知らない古き者の世界を、教えてあげる」
燃え盛るような瞳。
艶やかで蠱惑的な唇。
そこから告げられるのは、ミウが最も魅力的に感じる言葉。
「私の……知らない……」
知らない世界。
角音が生み出す、まだミウの理解の先にある太古の世界。
アカリは、それを知っているというのだろうか。
心の中に、迷いが生まれる。
少しずつ、その手を伸ばしてしまう。
「大丈夫。何も恐くないわ。そうでなくとも、
「私……たち?」
その言葉に、何か含みがあるように聞こえて。
ミウは、思わず問いかける。
「ええ、私たちよ。大いなる力を持つのは、何もあなただけではないわ」
そう言うとアカリは、その白くて細い手でミウの手を掴む。
刹那。
「────っ⁉︎」
彼女の力──角音の一端を、体感として味わう。
膨大な、人の身に余るような。
ぞくぞくぞく、と。
ミウの身体が、その力に呼応して震え上がる。
もはや快感に近かったかもしれない。
「なんとなく理解できるかしら。これは、同じような力による共鳴といったところね」
「──っ、あ……! っ、はあ……はあっ……⁉︎」
身体が熱い。
彼女のうちに眠る力は、火山を集めたような灼熱の性質を有しているようだった。
そして同時に、アカリも同じような共鳴を感じたようで。
「暴風のようね、あなたの奥に眠る力は……さあ、おいでなさい」
「ちょっと……待ってよ……」
ぎぃ、と図書室の扉が開く。
全く明かりのついていない、神秘的で畏怖的な知識の宝庫。
人気がないだけで、こんなにも別の場所のような雰囲気を醸し出すものなのだろうか。
身体中で何かが暴れまわるような感覚に苛まれながら、ミウは中へと入るアカリについていく。
「知っている、ミウ? この図書館には私たち生徒が触れられないように隠された、真の書庫が存在するという噂」
「っ……グラーシェが……言ってたかも」
歌うように問いかける彼女に、知らないと返すミウ。
少しずつだが、アカリから受けた共鳴とやらが収まってくる。
そしてアカリが問うた噂というのは、以前グラーシェが語っていたものだ。
この王国中の叡智が集まった図書室には、普通の人の目には触れることのない隠し部屋のようなものが存在するという噂。
まさかそれを──アカリは、知っているというのだろうか。
「その噂は本当なのよ。その書庫に置かれた本こそが、私たちが知るべき真の情報なの」
「知るべきって……一体どういう事? アカリさんはその情報を知ってるの?」
「……知らないわ。だからこそ、今からその扉を開くのよ」
何かを探すように辺りを見回すアカリ。
ようやく身体の疼きが収まったミウは、彼女の肩を掴むと、一つだけ納得できない事を尋ねる。
「ねえ。どうしてアカリさんは、私をここに連れてきてくれたの?」
「知るべき情報があるからよ」
「でも、私はそんな事知らなかった。アカリさん一人でもここには来れたはずなのに、私のことを友達とも思っていないはずなのに……どうして?」
そうだ。
ミウの中で、それが気にかかっていた。
今までのことは、ミウなんかに伝える必要がないものだった。
でも、アカリはそれをわざわざ一緒に連れてきてまで教えてくれて、さらに真の情報とやらを共有しようとしてくれている。
どうして。
どうして彼女は、そんな────。
「────私たちには、それを知る
ここにきてミウは、初めて感情を有したような言葉を聞いた気がした。
冷たいだけではない、彼女自身の何かが染み込んだような言葉。
実際その言葉とともに、彼女は少し寂しげな表情をしたような気がする。
「あなた、家族は?」
しかしすぐに、アカリはミウに向かって真剣な表情で問いかける。
「え……だ、ダカポ村に……お父さんとお母さん……」
「その二人とは血が繋がっているの?」
「な、何を────」
何を訳のわからないことを、と言いかけたその時。
「やあお二人さん。いい夜だね、秘密を話すにはピッタリの夜だ」
聞いたことのある声が、耳に。
そう。
図書室の扉、その奥から現れたのは────スィーヤ・ゴロネィトンだった。
その瞑った瞳は、この月夜では少し薄気味悪くさえも見える。
「……スィーヤ、先輩……」
「やあ。久しぶりだね、ミウ」
ミウやアカリと同じように制服に身を包んだ彼女。
しかし、開かれた扉の奥から吹き込む風が、彼女の姿を幻想的にさえ見せる。
「そしてアカリ。困るなあ、勝手なことをしてくれちゃあ」
「っ! どうして邪魔をするの! 私たちは自分のことを知る権利があるはずよ!」
その瞬間、初めてアカリは強く自分の感情を露わにした。
強い疑問を、強い語気でそのまま伝える。
彼女らしくない、しかし人間らしいそんな表現。
だからこそ、一貫して小さい笑みを浮かべながら聞き流すスィーヤが、尚のこと不気味に見える。
彼女はふむ、と少し考え、そしてすぐにこちらを向き直ると、
「確かにね。けど、僕は君たちの権利を奪う気は無いよ」
「アカリ? 先輩? 一体どういう……」
彼女は一つの旋律を、奏でた。
角笛ロキ。
その独特のフォルムから生み出された音色は、まるで耳の奥、脳の中まで染み渡るようですらあった。
そして、同時に。
「……っ、ぁ……?」
強烈な眠気が、ミウを襲う。
それはアカリも同じようで、隣で地面に倒れこむアカリの姿が見えた。
「アカリ……さ……」
そして、ミウもすぐに抗うことができなくなっていく。
がくりと膝をつき、そのまま床に崩れ落ちる。
「どう……して……」
最後に見えたのは、こちらへと歩み寄ってくるスィーヤ。
扉の向こうから差し込む月の光を背にする彼女に、ミウは大きな疑問を抱える。
そんなミウに、スィーヤは呟く。
「ごめんね。君たちには確かに知る権利がある。けれど────」
もう、抗えない。
眠い。
とろけていく意識の中で、スィーヤの最後の言葉が浮かび上がる。
「────今は、その時じゃないんだ」
そしてその言葉は、意識の闇の中に……消えた。
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