第八話 覆った両手の奥

「ほう、ハッコウコトカゲのスープとな。良い着眼点じゃな。これの発光体と呼ばれる部分はとろりとして栄養価も高い」

「やったあ、褒められちゃった!」


時間になって。


クラスの全員が、ヴァーサクの森入口に設置された調理場で料理を始める。


そして辺りを見回すクキリオ先生の目に、ピルピィのスープが目に止まったのだ。


ハッコウコトカゲは丸々とした身体を一口大に切って、ミウが取った葉物野菜と一緒に鍋に放り込む。


トカゲの骨と背中のとろりとした発光体を入れて煮込むことによって出汁と旨みが出るため、処理しておく。


「ふんふん、ふふん♪」

「すごい、手際いいねピルピィ」

「よくやってたからね〜。幼馴染によくご飯を作ってあげてたんだ」


むふふ、と笑ってそう言うピルピィ。


いつもほんわかでぽやんとしている雰囲気とは別に、その包丁さばきは素早かった。


けれど、ミウだって負けてはいられない。


実際、足手まといになりたくなくて、火起こしやら準備はミウが率先して行った。


それには、もう一つ理由があって。


「コロフィッシュのバンズサンドか。キラリエくんのところではどんな風に作るのかのう?」

「今は秘密、ですわ。ですがこのキラリエ・ゴルドジャースの名にかけて、誰よりも美味なものにしてやりますわ」


調理台に向かうミウの向かいにいるキラリエの手さばきもまた、非常に慣れているという理由だ。


包丁を持つ手、押さえる手、そして捌かれたコロフィッシュの一つ一つに気品が感じられ、尚且つ安心感を感じられる。


それを見てか、クキリオ先生も「これはこれは」と唸る。


「ふむ、ありふれた庶民食にどう個性付けをするかも大切なことじゃ。ぬふふ、何か良いものを得たようじゃの」

「はあ……まあ、悪いものでは……なかったですわ」


ちらり、とこちらを見やるキラリエ。


いがみ合ってばかりでなく、仲良くなりたい。


そう考えたミウの行動は、どうやら間違いではなかったようだ。


ミウが笑って手を振ると、キラリエはふん、とそっぽを向いた。


けれどその頬が少し紅潮していたからか、悪い気分はしなかった。


「……痛っ」


その時、ミウは気が抜けていたのかもしれない。


キノコを切っていた際に、指の表面まで切ってしまった。


「あぁもう、何をやってますの!?」


そっぽを向いていたキラリエが、呆れた様子でこちらへと歩み寄る。


ミウが戸惑っていると、彼女はぐいとその手を自分の元へと引き寄せる。


「早く見せなさいな。……あぁ、血が。全く、不注意なのだから」

「だ、大丈夫。唾つけとけば……」

「ダメよ。きちんと洗って、消毒して、ガーゼで止血しないといけませんわ」


来なさい、と組み上げ式ポンプへと引っ張られる。


ミウに排出口へと手を伸ばさせると、キラリエはそのままハンドルを上下させて水を出す。


「ちべたっ」

「我慢なさい」


ため息をつきながら指を水で洗わせると、ベルトについたポケットから消毒液を取り出す。


それを綿に染み込ませて傷口につける。


「染みるぅ〜……」

「全く……刃物を使うときはよそ見しない。料理の基本ですわよ」

「ごめんなさいぃ……」


そういってミウの指にガーゼを巻くキラリエ。


手際が良く、ぱっぱと終わらせる彼女はまるで、


「……お母さんみたい」

「なっ」


ぐっ、とガーゼを止める細紐が力強く指を締める。


「うぐぁっ」


ミウが呻き声を上げながらキラリエの方を見上げると、彼女の顔が恥ずかしそうな赤みを帯びる。


ぱ、と手を離して顔を覆う彼女に、ミウは不思議そうな顔をしながらも、それが失言ではなかったんだとわかってホッとする。


「ごめん、また余計なこと言っちゃったかな」

「…………」

「キラリエさん?」


顔を覆ったまま動かないキラリエに、ミウは首をかしげる。


キラリエが、そのまま小さく呟く。


「……いえ、何でもありませんわ」

「でも……」


何でもない、とは言うものの、彼女が顔を上げる気配は無い。


困ったとき、彼女は顔を隠す癖があるような気がする。


しかし、ミウは彼女の手の奥からわずかに見えたそれ・・で、心配が吹き飛んだ。


「何でもありませんったら。ほら、行きなさいな」

「でも、笑ってる・・・・ように見えるけどなぁ」


そう言うと、こちらからでも見えるようになるくらいに顔をあげ、ミウのことを見やるキラリエ。


その顔は真っ赤に火照っていると同時に、口の端が少しつり上がっていた。


「や、やめなさいな! 人を見透かすのは!」

「だって見えてたし……」

「……! ああ、もう!」


ミウが立ち上がりながらそう言うと、キラリエはしゃがみこんで唸る。


「ホント、人の心にズカズカと入り込んでくる子ね」

「そんなつもりはないんだけどね」

「つもりがなくたって同じですわ!」


苦笑いをしながら、そう答えるミウ。


すると、キラリエは足元の小石を見つめながら、観念したとでも言うように答える。


「……実を言うと、嬉しかったのは確かですわ。わたくし、お母様みたいになりたいってずっと思っていましたの」

「キラリエさんの……お母さん?」


ふとミウの頭の中に思い描かれる、金銀財宝を見にまとった高貴で高飛車な女性。


何とも失礼なものだ、これではキラリエに怒られるのも無理はない。





しかしそれとは裏腹に、キラリエが母を思い起こすその表情はひどく穏やかで────そして、何故だか壊れそうなほどに儚げだった。





そんな彼女が、何だかとても美しくて。


でも、すごく辛そうでもあった。


「とても聡明で、謙虚で、面倒見が良くて。どんな苦境も笑って受け入れる、強い女性でしたわ」


そう言って、彼女は愛おしげに自らの金色の髪を撫でる。


「あなたが言った言葉は、きっとわたくしのお母様を指したものではないのでしょうけれど……」

「ご、ごめんね。何だか勝手なこと言っちゃった」

「いいえ。ほら、さっさと調理に戻りませんと。あの動物馬鹿、いつ勝手なことをするかわかりませんもの」

「あはは……」


そう言うと、キラリエはスカートの端を優しく払うと、ゆっくりと立ち上がる。


彼女は端々から庶民的な雰囲気が伝わるとはいえども、やはり高貴な生まれであることに変わりはなく、立ち振る舞いの一つ一つが魅力的に感じられる。


彼女が森の中を先走っていた時はそれを感じる余裕すらなく、彼女自身からも意識する様子が見えなかった。


が、余裕があって落ち着いた時にはその所作の全てが高貴にすら感じる。


「……何をまじまじと。恥ずかしいからやめてもらえませんこと?」

「え? あっ、いや、ごめんなさい」

「全く。何だかあなたといると気が抜けたり張り詰めたりで、忙しいことこの上ありませんわね」


溜息をつき、さっさとその場から調理場へと戻るキラリエ。


なんというか、色々と誤解していたな、と後悔するミウ。


身勝手な人だと思っていても、意外な面もあるもので。


それに、あんなに愛おしげに母のことを語る彼女を、悪い人や嫌な人だなんて決めつけるべきでないと感じた。


「ね、ねえ!」

「ん?」


色々考えて、ミウはキラリエに声をかけた。


「今度、もっとキラリエさんのお母さんのこと、聞かせてほしいな……!」


何だか、勇気のいる一言だった。


さっきの表情から、なんとなく触れてはいけないような部分であるような気もした。


しかし、キラリエは────。


「…………気が向いたら、ですわね」


呆れながらも笑って、そう言ってくれた。


ミウは、彼女のその言葉に何とも言えない温かみを感じて、彼女の元へと駆け寄っていく。


お互いの気心も知れて、何だかとても良い料理が作れそうな気がしてきた。

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