第七話 お嬢様は意外と庶民派

「よし! 大体メニュー通りの生き物は捕まえられたね〜!」


ピルピィが両脇に抱えるカゴには、これから調理する生き物が気絶した状態で入っていた。


というのも、ピルピィは本当に生き物について知識が多く、どんな生き物はどんな捕まえ方が一番効率が良いのかを知っていたのだ。


流石は野生派、というところだろうか。


「キノコや植物もだいぶ取れたよね。よかった、私も少しは役に立てて」


ミウが鞄にしまっているのは、キノコや植物、食べられる花や果実といった植物類。


ダカポ村──ミウの生まれ故郷──にいる時は、よく花の蜜を吸ったり、果実を取ったりして遊んだりしたものだった。


だからだろうか、ミウは植物関連の事なら少しは知識を持っていた。


「すっごく役に立ったよぉ! アカキカサって傘の部分にしか毒が無いなんて、ピルピィの村じゃ誰も知らなかったし!」

「そうかな、えへへ。アカキカサの足の部分って焼いたらすごく美味しいんだよね」

「ハッコウコトカゲのスープにアカキカサの蒸し焼き……んふふ、想像したらお腹すいてきちゃったよぅ!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、嬉しそうに出来上がりを想像するピルピィ。


擦りむいた膝はガーゼと消毒用のアルコールで完璧に処置されており、痛みもあまり無いようだ。


「キララはそのお魚で何作るの?」

「パンなどは使って良いそうですから、わたくしはコロフィッシュのバンズサンドでも作ろうかと」


コロフィッシュというのは、キラリエが小さな袋に捕まえた魚のこと。


コロッと丸い容姿をしていて、肉が沢山詰まっている、よく食用に使われる魚だ。


けれど、それもミウにとっては少し意外だった。


ピルピィも同じ風に感じていたようで、


「へえ〜意外。キララって割と庶民的なんだね〜」

「なっ……わ、わたくしはこれが好きなんですの! 文句あるのかしら!」

「んーん? なんか、ピルピィとやっと同じようなところが見れて嬉しいなって!」


そう、コロフィッシュのバンズサンドはミウやピルピィの故郷でもよく知られている。


というのも、コロフィッシュは生息地を選ばず、どこの国にも多く生息する種類であるが故に、かなり安価で食すことができる。


同じ安価なバンズでコロフィッシュを挟むのはどの国でもやっていることで、味付けに違いはあれど庶民的な軽食であることに変わりがない。


お嬢様であれば、そんな安いものなんて食べないのだろうとミウは思っていたのだが……。


「私も意外だなぁ。てっきり、キラリエさんは高級なものばかり食べてるかなって……」

「ふん。確かにわたくしは舌が肥えてはいますけれど、料理をするとなれば話は別ですわ」


キラリエは腕を組みながら答える。


「手間をかければ美味しいものなどいくらでも作れますわ。ですけれど、一番いいのは手間が掛からず、それでいて美味しいものに決まっているじゃありませんの」

「確かに……。すごいねキラリエさん、まるでお母さんみたい」

「それ、馬鹿にしてますの?」


ジトリとこちらを見やる彼女に、ミウは慌てて「そ、そんな事ないよ」と答える。


お母さんみたいというのは、別にミウが悪口を言いたかったわけではなくて。


ミウの母親も、よくそんなことを言っていた気がするからだ。


「私もよく作ってもらったんだ、コロフィッシュのバンズサンド。お父さんが釣ってきた魚と、私が採った葉物でお母さんが作ってくれたっけ」

「シンプルですのね。わたくしならもっと沢山の野菜を入れて、甘辛いソースをかけたりしますのに」

「ピルピィのところはキノコとかも入れてたなぁ。美味しいんだよ、ぷりっとしてて」


広く知れ渡ったメニューは、国や村の違いで味も変わるのが常でもある。


それがまた面白いところでもあって、ミウは小さく微笑む。


「面白いよね、こういう話って」

「え?」


その呟きに、キラリエが訝しむ。


「だってさ、私たち別々の国から来てるんだよ? 本当なら、こんな色んな人達と知り合うなんてないのに」

「それは当たり前ですわ。ロミニアホルンは角音学院の中では第一線を行っているのだから」

「それもそうだけどさ、単純にすごい事だと思わない? わたし、キラリエさんやピルピィの故郷でバンズサンドの食べ方が違うなんて、あの村じゃ一生分からなかったよ」


何を言っているのか、という顔をするキラリエ。


けれど、確かにこれはすごいことなのだ。


実感は湧かないかもしれないけれど。


だって、遠い国の、まだ知らない人達が同じ学院にこうも沢山いるのだから。


「ねえ、キラリエさんの故郷ってどこなの?」

「なんですの、急に」

「良いでしょ、教えてよ」


ミウは彼女に、少し強引ながらも問いかける。


分かってきたのだ。


傲慢で乱暴な物言いで、まるで生きている次元が違いそうな彼女だって、同じ角人だと。


彼女にも彼女なりの考えはあるだろうけど、それでも同じ。


だから、彼女の事ももっと知りたい。


好きか嫌いかは、その後に決めればいいのだ。


「……わたくしの故郷はアイシグリィ王国というところですわ」

「ピルピィ聞いたことある! 雪の国って呼ばれてるんでしょ!」

「雪? 聞いたことはあるけど、見たことはないなあ」


ピルピィの言葉に、ミウは首をかしげる。


雪は冷たくて、ふわふわしていて、寒いところでしか積もらない、と聞いたことはある。


けれど、ミウの故郷であるダカポ村はドラグニオ王国でも暖かい方にあるため、冬でも滅多に雪は降らないのだ。


「まあ、積もったら確かに相当な量になりますわね。酷いところだと外に出られないほど積もるから、二階にもドアがあるとは聞きますけれど」

「何それ、変なの〜」

「実際には笑い事ではなくてよ。まあ雪像祭りなんかもありますし、暖かい食べ物も美味しいところですわ。観光地としても有名ですしね」

「いいなあ、行ってみたいなあ」


まだ見ぬ雪の大地に想いを馳せるミウ。


きっとふわふわした気持ちいいところなんだろうな、なんて思いながら。


ミウは、キラリエの手を掴み、笑いかける。


「ほら、また知らないこと分かったよ。ありがとね、キラリエさん」

「な、なんですの一体」


少し親しげに接したのがむず痒いようで、キラリエはそっぽを向く。


そんな仕草は、別にハンナやピルピィ、グラーシェと何も変わらない。





「キラリエさんはみんな敵、なんていうけど、せっかくなら仲良くなってみようよ。────きっと、今まで知らなかった色んなことが分かって、すっごく学院が楽しくなってくるよ!」






はっ、と。


キラリエが、呆気にとられたような表情になる。


でも、これはミウだからこそ言えることだ。


落ちこぼれだって自分を卑下してたときは、周りがみんな怖い人に見えて、勇気が出なかった。


でも、ハンナが話しかけてくれて、ジニーナ先生に背中を押してもらって、スィーヤに心を休ませてもらって。


たくさんの人の助けがあって、ミウはようやくこの学院でのスタートラインに立てた。


「……なんて、かっこつけてみたけど……えへへ。ただ、キラリエさんと友達になりたいだけなんだけどね」


照れたように笑うミウ。


結局、ミウはキラリエを敵だと思いたくなくて。


樹洞で俯いていた時のキラリエの不信感の渦巻いた、どこか悲痛な顔には、そんな感情は抱けなかったのだ。


勉強も出来て、実技も出来るのに。


もしかしたら、ひとりぼっちだった自分と重ねてたのかもしれない。


独善的で誰も信用していない彼女は、みんなに馬鹿にされて孤立していたミウとは真逆でありながら、根本の部分が似通っていたのかも。


だからこそ、ミウはこんなことを口走ったのだ。


そのミウの言葉に、キラリエは大きく息を吸い込むと、ミウの握った手を突き放す。


「別に、あなたと友達になんてなりたくはありませんわ」


ぷい、と向こうを向いてしまうキラリエ。


ミウは少ししょぼくれて呟く。


「……そうだよね。ごめんね、変なこと言っちゃって────」

「でも、」


ふと、その顔を上げる。


すると、彼女はこちらをちらりと見やり、告げる。





「────邪険にするのは……やめますわ。恨みを買っても困りますし」





彼女の頬は、少しだけ紅潮していた。


「……うん! ありがとう、キラリエさん!」

「わあ、キララ顔真っ赤だよ」

「う、うるさいわよ動物馬鹿! ほら、馬鹿なこと言ってないでとっとと帰りますわよ!」


ピルピィに正面から覗き込まれて、恥ずかしそうに道の先を行くキラリエ。


そんな彼女に、ミウの心はなんだか上向きになった気がした。


……少しだけ、仲良くなれたかな、と。


ピルピィと顔を見合わせて笑い合いながら、ミウは彼女の後を追いかけていった。



◆ ◇ ◆



その頃、ヴァーサクの森の片隅で、大きな火柱が一つ上がり、そして失せた。


「……は、は。冗談だろ、これ」


大きな煙を上げるその場所で、腰を抜かして尻餅をついているのはハンナだった。


彼女の瞳には、数秒前の光景が、今起きているかのように焼き付いていた。


同じチームメイトのグラーシェに至っては、あまりの出来事に気を失いかけてすらいる。


そして目の前には、一人の少女と、焼き尽くされて既に息絶えた・・・・・・ドラゴンフィッシュ。


「────全く、どこの誰がドラゴンフィッシュを刺激したのかしら。迷惑もいいところね」


いや、彼女はそのくせ呼吸の一つも乱れていない。


化け物・・・だ。


彼女のなんて事はない炎の角音は、それなのにあの怒れる巨大魚を一瞬にして焼き魚に変えてしまったのだ。


────アカリ・ミヤシロ。


天才の名は伊達ではない。


むしろ、それすら不足に感じる。


もっと根本的な部分で彼女は普通の角人とは違う。


ハンナの脚は、いつの間にか震えが止まらなくなっていた。


「どうしたの? 早く行くわよ」


彼女のなんて事ないと言わんばかりの無表情に、ハンナはもはや恐怖すら覚えてしまっていた────。

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