第六話 キラリエの吐露
「う……ん」
「……やっと目が覚めましたのね、大馬鹿者」
薄い暗闇の中で、ミウの意識は目覚める。
そんなミウの目の前に最初に見えたのは、隣に座るキラリエの姿だった。
彼女は険しいながらも少し穏やかな様子でこちらを見ている。
「全く、あなたは無茶ばかり。振り回されるこっちの身にもなってほしいわね」
「ご、ごめんなさい……あれ、ピルピィは?」
やけに暗いなと思って周りを見渡すと、そこが巨大な樹洞──つまりは木のうろの中であると気付く。
そしてそこに、ピルピィの姿はなかった。
「わたくし達の元気がないからって薬草を摘んできてくれるって飛び出していきましたのよ。落ち着きのない子だこと」
「そっか……でも、危なくないかな?」
「ここにはドラゴンフィッシュは来づらいらしくてよ。いくら二本脚が生えていると言っても、あの長い巨体を支えて高所に登るのは難しいとか」
呆れたような溜息をつきながら、キラリエは答える。
動物のことに詳しく、故郷も森に囲まれたと言っていたピルピィだからこそ、そういうことにも詳しいのだろう。
二人がいる大樹は、先程戦っていた場所より少し高台であるらしかった。
彼女が言うには、ドラゴンフィッシュは二本脚で地上での運動ができると言っても、所詮水生生物であることに変わりはないのだとか。
あの巨体を脚で支えるにはかなりのパワーが必要で、ましてや高所に登るのはほぼ不可能に近いと。
それに、そもそもあの個体はメスで、産卵期で気が立っていたから追いかけて来ただけで、地上では長く息が続かない(それでも退化した肺呼吸の期間は存在していて、半日ほどは陸に上がることが可能のようだ)らしい。
エラ呼吸ができずに死んでしまうリスクを冒してまで、どこにいるかもわからない敵を追いかけるほど馬鹿じゃない、とピルピィは述べていたらしい。
さすがピルピィだな、と思いつつ、ふと彼女が大きく転んでいたのを思い出す。
「ピルピィ怪我してなかった? 思い切り転んでたし……」
「ああ、膝を少し擦りむいていましたわ。なんてことないわ、わたくしが処置しましたもの」
ふん、と小さく鼻を鳴らすキラリエ。
そんな彼女は、ミウがあっけに取られたような顔をしていたのに疑問を抱いたらしく、また不機嫌そうな顔をして問うてくる。
「何よ、わたくしの顔に何かついていて?」
「あ、いや……少し意外っていうか……」
「何がですの?」
ずい、と顔を近づけるキラリエ。
ミウは少し罰が悪そうに口ごもった後、彼女に「気分を悪くしたらごめんね」と前もって告げてから、その理由を話す。
「キラリエさんって良いところのお嬢様って聞いたから……てっきり、そういうのには疎いんだろうなって思ってたの。ごめんね、勝手な思い違いで嫌な気分にさせちゃって……」
また失敗したな、と自分を恥じるミウ。
そもそも、キラリエが助けてくれなければ今頃ドラゴンフィッシュの腹の中だったかもしれないのに。
その扱いにキラリエも「失礼な子ね」と強めに一言告げたのだが、そのあとに顔をうつむかせて呟く。
「……でも、わたくしもそうでしたわ。あなた方を少し侮っていたというか、どうせ一人では何もできない者が群れているだけだと。でも、少し見直しましたわ」
「え……」
予想外の言葉に、再びあっけに取られたような表情をするミウ。
それを見たキラリエは、今の言葉が気恥ずかしかったのか目線をそむけ、か細い声で続ける。
「あなたがあの竜巻でドラゴンフィッシュを押さえつけていなければ、わたくしの氷結の角音はうまく決まらなかったわ。長く奏でる必要がある上に、大きく脚を動かされていてはうまく凍ってくれませんもの」
彼女の氷結の角音は、水に近しい性質のものがない場所ではかなり消耗が激しいらしい。
また、動いているものを瞬時に凍らせるのは難しく、角音の力が発揮されきる前に氷が破壊されてしまうのだとか。
だからこそ、ミウの角音(そう呼べるかも怪しい力の塊だけではあったが)は無駄ではなかったらしい。
「あの動物馬鹿も変な知識だけはあるみたいですわね。ここが安全だと提案したのもあの子ですもの。あれだけ走って、膝を擦りむいているのにあれだけ動けるのは意味がわかりませんけれど」
「あ、はは……元気だもんね、ピルピィは」
苦笑いするミウ。
するとキラリエは、体育座りのまま自分の顔を膝に埋め、問う。
「ねえお馬鹿さん、少し聞いても良いかしら」
「お、おば……う、うん」
いつの間にか、彼女のミウに対する印象は『馬鹿』で確定してしまったようだった。
それは嫌だな、と訂正しようと思ったが、キラリエの声色が少し曇ったような雰囲気だったので、何も言わずに問い返して見た。
すると彼女は、膝と口元でくぐもってしまったままの声で問いかける。
「……どうしてあなた達は、そんなにも他人を気にかけるの?」
その問いの意味を理解するのは、ミウには少し難しかった。
ミウは少し考えてから、もう一度聞き返す。
「ど、どういうこと……?」
「……もう。あなた達はずっとわたくしを追いかけてきましたわ。わたくしのことなんて放っておけば良いのに。ドラゴンフィッシュを見つけたときだって、わたくしを放って逃げればよかったじゃないの……」
だんだんと、声が消え入るようになっていく。
一向に、彼女はその表情を見せない。
ミウは彼女の問いかけにう〜ん、と唸って考えて、少しかかってから答えを出す。
「だって、キラリエさんとは私たち二人と一緒のチームでしょ? 一人だけ置いてくわけにはいかないよ……」
「成績に関わるから?」
「それもあるけど……ピルピィが、森は一人だとすっごく危ないところだって言ってたから。それに、なんていうか……キラリエさんから、少し危なっかしい感じもしたし」
危なっかしいというのは、森にしてもそうだし、彼女のこの授業に対する姿勢もそうだった。
キラリエがアカリと対立するのはいつものことだけど、今回はそれ以上に彼女の反発が激しかった。
正直、アカリがキラリエを興味なさげにあしらうことはあっても、あんなに声を上げて静止させるのは見たことがなかったから。
だから、置いていくわけにはいかなかった。
「でも……あなたはわたくしのことが嫌いでしょう?」
「え……」
「この間の追試験の時……わたくし、散々言ってましたものね」
その時点で、キラリエは小さく顔を上げる。
その瞳はそれまでとは打って変わって、不信感を表したような濁った紫色だった。
まるで、何かを警戒するような。
「キラリエさん……」
「あの時のあなたの怒りようも、わたくしには理解できませんの。おかしいのよ、あなたは」
彼女の言葉が、やけに重くのしかかるような気がした。
「私たちはいずれ角奏者として独り立ちしなくてはならないのよ。クラスの角人はみんな敵のようなものだわ。なのに、あなたはどうして────!」
「お待たせ! 摘んで来たよ! 」
その時、息を切らせたピルピィが樹洞に飛び込んでくる。
その腕の中に、たくさんの薬草を抱えて。
「ありがとう、ピルピィ!」
「ミウ!」
「うわっぷ」
薬草を抱えたまま、ピルピィはミウに抱きつく。
呼吸を封じられ、勢いよく薬草の山から顔を出したミウの前には、今にも泣き出しそうなピルピィの顔があった。
「よかった……ごめんね、私のせいで……」
「気にしないで。ここまで連れて来てくれてありがとう」
安堵の表情に変わったピルピィを見て、ようやく一息つくことができた気がする。
言葉を遮られたキラリエの方を見やると、彼女はふてくされたような表情で唇を固く結んでいた。
「あのね! キララが膝擦りむいたの直してくれたんだよ!」
そういって、ピルピィは得意げに膝を見せる。
その膝は、かなり手慣れているかのように適切に、なおかつ目立たないような処置が施されていた。
まるで、幼い頃から
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます