第二話 キラリエ・ゴルドジャースの独りよがり

「わ! ミウと一緒だ! よろしく!」

「よろしく、ピルピィ。頑張ろうね!」


翌日。


ロミニアホルン角音女学院から少し離れた場所にある大きな森『ヴァーサクの森』の前で、チーム分けが発表された。


そう、この授業ではチーム分けは教員が決める・・・・・・のだ。


「チーム分けは今決めた通りじゃ。分からない人はおらんかえ?」

「はい!」

「おや、キラリエ。えと……お前さんのチームは、ミウジカ、ピルピィじゃぞ」


不満そうな顔で力強く手を上げるキラリエ。


そう、ミウはピルピィ・チル、そしてあのキラリエ・ゴルドジャースと一緒のチームになったのだ。


もちろん、キラリエがそれをよしとするはずもなく、マビトの年老いた家庭学教員であるクキリオ・メイクイートマンに異議を申し立てる。


「そんなのは分かってますわ! なんでわたくしがこの落ちこぼれ二人ともチームを組まなければならないのかしら!」

「うるさいわよ、キラリエ」

「黙らっしゃいアカリ! わたくしはわたくしと見合う相手でなくては組みたくはありませんわ!」


呆れながら制止するアカリを押しのけ、強い口調でクキリオ先生に告げるキラリエ。


思わず、ミウもムッとしてしまう。


確かに、キラリエは筆記と角音、どちらも高水準の成績を収めている優秀な生徒だ。


けれど、こんな風に見合ってないと言われれば苛立ちもする。


大体、ハンナのことを罵倒した件だって、ミウ的にはまだ腑に落ちていないのに。


彼女はいつもそうだ。


自分が一番と思っていて、さらにそれを強く主張するものだから、色んな人から遠巻きにされている節がある。


「んー……まあしかし、チームごとの実力を考えた上での結果じゃし。まあ、今回は我慢しておくれ」

「でも、こんな二人とだなんて……っ!」

「キラリエ!」


それでも納得できないように声を荒げるキラリエを制止するように、アカリがさらに大きな声をあげる。


その声に、キラリエは唾を飲み込みながら彼女の方を振り返った。


「ワガママはよしなさい。このチームチーム分けは森の中で危険に合わないように均等な実力で組まれているのよ。それとも、あなたはこの実習は受けないとでもいうのかしら?」

「っ……」


ぎろりとキラリエを見やるアカリの赤い瞳は、怒りを内包している訳でもなく、ただ呆れだけが色として溶け込まれていた。


キラリエはそれに対することができず、黙りこくってしまう。


「アカリさん……」


ミウは彼女のその姿が、とても凛々しく見えた。


なんだか、他の生徒とは立ち振る舞いというか、心構えがまるで違う。


その赤い瞳は、まるで別のものを見据えているような気さえしてくる。


「さて、それじゃあ授業の説明をするぞい」


クキリオ先生は、その曲がった腰を杖で支えながら説明に入る。


事前に配られていた用紙には、彼が説明する全てが既に記述されていた。


実習はこの『ヴァーサクの森』で行われる。


高台から見ても奥が分からないほど広大なこの森は、様々な生態系が構築されている。


実習中は角人の教員が待機しており、命に関わる場合であればすぐに駆けつけるようになっている。


「すごいんだねえ……こんな広いのに、私たちがどこにいても確認できるなんて」

「ねーっ。森の中は恐い動物さんもいっぱいいるからね」


そう言ったのは、意外なことにピルピィだった。


確か、彼女の故郷では動物たちとの強い関係を構築する風習があると聞く。


普段からハッコウコトカゲのクルルを連れ歩いているのも、個性を重んじるこの学院のルールに基づいてのことらしい。


だからこそ彼女なら、全部の動物がオトモダチ・・・・・だよ、なんて言いそうなものだったが。


「そういえば、クルルは? 今日は連れてないんだね」

「そりゃそうだよぉ。これから動物さんの命を頂くのに、クルルを連れてたら驚くでしょー?」

「…………!」


そうだ。


この授業では、食べられる動物を探して、命を頂いて──つまりは殺して──調理しなければならないのだ。


ミウには、まだその覚悟が出来ていないような気がした。


「評価としてはどういう調理ができているかを見るぞい。ただ、これはみんなもわかっている通り、角音の工夫も試される」


クキリオ先生の声色が、少し変わる。


それは、真剣さから来るものだった。


「ワシはマビトじゃからよく分からんが……リエリー先生が別の場所でその立ち振る舞いを見ておる。角人として……力ある者として、よく考えて行動することじゃの」


角人としての立ち振る舞い。


キラリエと揉めた時、ムウラ先生も言っていたこと。


力ある者として、どう力を振るうのか。


ミウの中に、それがなんだか強く突き刺さる。


「この間ムウラ先生も同じこと言ってたよねぇ。何のことかわかる、ミウ?」

「え、と……私たちはマビトの人と比べて色んなことが出来るから、よく考えて行動するようにってこと……だと思う」

「なんでー?」

「うーん……実技試験の私みたいに、ものを壊しちゃうから……かな」


実のところ、ミウがその意味を深く考えていたのも、それが原因だった。


あの時の破壊は凄まじく、少し間違えれば怪我人だって出ていたかもしれない状況。


だからこそマビト──角人ではない者──の先生たちは、口を酸っぱくして注意するのかもしれない。


……それに。


頭のどこかで、ミウの力は使い方を間違えてはいけないという声が聞こえた時があった気がするのだ。


それがいつ、どこで言われたものなのかは分からないが。


(……なんだろう、この感じ)


ミウの角笛がその性質を受け継ぎ、クエストゥルスとしての力を得たときから、この使命感のようなものが呼びかけてくる感覚を感じる。


しかしそれが自分の意思でないことは、ミウにはまだ分からない。


「質問はないかね? それでは早速開始じゃ。各自、森の中で食材を調達し、森からここに戻って調理をすること。よいな?」

「あっ、はいっ!」


は、と我に返ったミウは、他の生徒の返答に交じって大きく返事をする。


これから実習が始まるんだ。


初期実技試験のように切羽詰まった状況ではないけれど、これも角人として立派になるための授業中の一つ。


知らないこと、分からないことだらけなのだから、自分から学びにいかないと。


「よし。それじゃあピルピィ、まずは図鑑を見て何を捕まえるか考えよっか。何を作るかも考えなきゃだしね」

「うんっ! ピルピィ、やっぱり鶏肉系でいきたいな〜」


ふんふん、と鼻を鳴らしながらこちらに近寄るピルピィ。


ミウは彼女と一緒に切り株に腰掛けると、ミウが持参した図鑑の複写物を開く。


複写物というのは、つまり図書館の角奏器でミウの図鑑を複製、一つにまとめたものということだ。


ミウが幼い頃に買ってもらったその図鑑には、世界のあらゆる生き物の情報が載っている。


ピルピィも、それに視線が釘付けだ。


そして、ミウは彼女から視線を逸らし、もう一人のチームメイトに声をかける。


「……ね。キラリエさんも、こっちに来てくれると嬉しいな。一緒にメニューを決めようよ」


視界の向こうで、彼女の角笛ゴルディスノウの調子を確かめる──キラリエ・ゴルドジャース。


彼女が揃って、初めて三人一組のチームとして成立する。


しかし、彼女はこちらに少しだけ顔を向けると、ぷいと向こうを向いてしまう。


「…………」


その仕草に、ミウももやもやした気持ちを隠せない。


キラリエが表立って先生に文句を言っていたが、本当はミウだって好んでチームになりたい相手ではない。


けれど、これは三人一組で進める実習。


彼女一人を放っておく、というわけにもいかない。


「……ね、ミウ。ミウ!」

「えっ、あっ、ごめん……」

「これにしようよ、ほら『スイメンチキン』! これをさ、丸焼きにしたら美味しそうだと思わない〜?」


じゅるり、と舌づつみを打つピルピィ。


図鑑の複写物には生きた状態の図が載っているのだが、ピルピィには既に調理されたイメージが浮かんでいるようだ。


それもいいね、と苦笑いをするミウ。





────そうして一瞬目を離した隙に、既にキラリエの姿は森の中に消えていた。





「っ…………!」


ばっと立ち上がり、図鑑を背中の鞄に閉まって森の方へと走り出すミウ。


「ど、どーしたの?」

「キラリエさんが先に行っちゃった! 三人一組で行動しなくちゃいけないのに……!」


ピルピィも飛び上がりながら、ミウの後ろをついてくる。


どうやら、この実習も一筋縄ではいかないようだ────。

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