第三章 キラリエ・ゴルドジャースの独りよがり

第一話 ワクワクの実習

「ついに来た……家庭学の実習……」


就寝までの自由時間。


ミウの口から、震え声が洩れる。


共同の浴場から戻ってきたばかりのハンナは、家庭学実習の書類を見ながら俯くミウに問いかける。


「それがどうかしたか? お前動物好きだろ?」

「だからだよ! 家庭学の実習って生き物を捕まえるのも自分でやるんでしょ⁉︎」


そう、明日は家庭学の実習。


家庭学とは、まあ簡単に言えば調理や裁縫など、自分一人が生きていくために必要なことを教わる教科だ。


そして、明日の実習というのが『生きた動物を自分の手で捕まえ、調理する』というもの。


「いいじゃねーか、新しい角笛の試しがいがあるってもんだ」


白いネグリジェを翻し、ミウの目の前で角笛を握り、力を与えるハンナ。


すると、その角笛は二メートルもある六尺棒のような彼女特有の角笛、ボルーグへと姿を変えた。


「これを振るえる機会がすぐに来るなんてワクワクしねーか?」

「ハンナは暴力的なんだから。角笛っていうのは争いの道具じゃないの。こう……みんなにすごいものを見せるような、キラキラしたもので……」

「あのなあ、別に見世物の道具でもねーぞ。それに、将来的に角奏者・・・になるやつなら、角音を使った狩猟もやることになるだろ」


角奏者・・・


角笛の力で物事を解決する、角人の花形。


角笛で扱える角音によっても専門が違ってきたりするが、ハンナの言うのは恐らく戦闘専門の角奏者を指しているのだろう。


というのも、この世界に住まう生き物の中で不思議な力を持つのは何も角人だけではない。


例えば、この学院で用務員的な仕事を行いもする力持ちの生物、バヘール。


ある程度知識があり、人間に比べて大きくずんぐりとした身体を持つ。


こういった、人間や角人と共存関係にある生物ならば良いのだが、野生の生物の中には人間を襲ったりする生物も多くいる。


それらを狩って食用として売ったり、旅人を守るためにそれらから護衛をしたりするのが、戦闘専門の角奏者だ。


「お前の村にはいなかったのかよ。……えーと、どこの村だっけ」

「ダカポ村。別に、男の人が弓とかで狩ったりしてたもん。それに、角音が必要なほど乱暴な野生動物はいなかったし」


少しふてくされるような顔をしながら、ミウは答える。


ミウの生まれ故郷はダカポ村というところだ。


ペンのインクになる樹液を出すカクネギの分布地であり、その森林が多く広がるのどかな村。


野生生物も凶暴なものはほとんどいない。


そしてキラリエたちお嬢様に『田舎者』と揶揄されるように、ドラグニオ王国の中では恐らく一番と言っていいほどの田舎・・でもある。


「へえ、そりゃあ角奏者はいらないな。ていうか大きく括ればお前この国が地元なんだな」

「うん。ハンナはオルドワロ国だっけ」

「おう。うちの首都の市場はすげーぞ」


ハンナの出身地はオルドワロ民主主義国。


商業国家として大きく栄える国であり、学院のあるドラグニオ王国と違って民主主義国家である。


特に首都であるトレディーロの大市場は多くの国の人々が交易のために集まり、異文化交流の場ともなっている。


「行ってみたいなあ……じゃなくて! 私、自分で動物なんて狩ったことないの!」

「ふーん。まああたしもないけど、料理ならそこそこは出来るな。お前は?」

「あんまり……あ、でもね、うちのお母さんの料理はすっごい美味しいんだよ〜」


ほわほわ、と頭の中に、母親の優しい笑顔と温かい料理の様子が浮かぶ。


料理が上手で優しいお母さん。


ふんわりしているけど、狩りの時はかっこいいお父さん。


故郷の事を思うと、少し寂しくなる。


「……元気してるかな、二人とも」

「んだよ、もうホームシックか?」

「べ、別に! ハンナこそ、寂しかったりしないの?」


心の中を見透かされたようにからかわれて、ミウはドキリとしながら問い返す。


ハンナは角笛をニュートラルな状態に戻すと、ベットに飛び乗って大きく伸びをした。


「全く。むしろ逆だね」

「どうして? 喧嘩別れしたの?」

「ちげーよ。うちには弟が二人、妹が三人いてさ。面倒見なくていいから静かでいいってこと」


どうやら子だくさんの家であるらしく、合計五人も下にいるらしいのだ。


ハンナはその中でも一番年上だというのだから、確かに面倒を見るので苦労しそうだ。


「そんなにたくさん!」

「親もそんだけ育てるのに必死でさ、飯当番はいつもあたしだったわけ」

「だから料理出来るんだぁ……」


ほえ〜、とあんぐりと口を開けながら彼女の忙しなさに驚くハンナ。


姉御肌で面倒見が良い性格は、ここから由来しているに違いない。


「ていうかさ。ミウ、お前のあの尋常じゃない角音を使えば野生生物なんてイチコロだろ。出力だけはピカイチだもんな、お前は!」

「それ、ちょっと馬鹿にしてるでしょ」

「してないって。あんだけの出力で角音を出せるなんて、あたしや他の奴らにはどだい無理な話さ。お前の個性だろ、自信持てって」


ミウの隣に座り、バンバンと背中を叩くハンナ。


確かに、個性といえば個性なのかもしれない。


初期実技試験で発揮された、あの意味不明なほど高火力な破砕の角音。


同じように、一瞬で天井に届いて頭をぶつけ、脳震盪に陥るほどの浮遊の角音。


そしてこの間の行なった角音と自身の性質を近づける授業の末に手に入れた、二メートルにもなるかという角笛クエストゥルス。


その全てが、ミウから溢れ出る超高出力の角音・・・・・・・によるものである。


「でも、コントロールできなきゃ意味ないよ」

「いいや? 狩りなら強けりゃ強いほど有利だろ。やっとお前の個性が有利に働く時が来たってことだ」

「でも、料理はあんまり……」

「そんなのあたしがやってやるよ。見ろよ、この授業は三人一組のチームでやる授業だ」


ハンナはミウの手から実習の書類を掴み取ると、とある箇所を指でなぞる。


そこには《三人一組でチームを組んで授業を行います。チームワークも円滑な狩猟と美味な食事に必要不可欠となりますので、頑張りましょう》と書かれている。


「見落としてた……じゃあじゃあ、一緒に組もうよハンナ!」

「当たり前だろ。馬鹿力のミウに調理のあたしだぜ? これはもう一番だな」

「あと一人は……そうだ、アカリさんにも手伝ってもらおうよ!」


ミウが何気なくそう提案すると、ハンナが露骨に嫌な顔を浮かべる。


「アカリぃ? なんであいつなんだよ」

「だって、グラーシェはピルピィと組みたがるだろうし……アカリさんならそういうの関係無しに組んでくれそうかなって」

「ダメダメ。書いてあるだろ、チームワークも必要不可欠だって。あいつはそういう言葉から一番かけ離れたところにいるやつだ」


ふん、と毛嫌いしながらそう言うハンナの言葉には、確かに一理ある。


チームワークからかけ離れた、と言うのはあんまりだが、彼女はその優れた才能からか、独断専行というか、あまり他の人を考えない節がある。


他人を気にかけることももちろんあるのだが……かなり厳しい物言いをするため、ハンナがそのような態度を取るのも分からなくはない。


ただ、初期実技試験の時はそこまで嫌ってそうな雰囲気はなかったのだが……。


「ハンナ、あんまりアカリさんのこと好きじゃないよね。初期実技試験の時はそこまででもなかったのに」

「あん時は鉄の女、みたいなあいつが思ったよりミウのこと気にかけてたのが可愛かっただけだって。あれ以降はずーっとつっけんどんだ。ったく、お高くとまりやがって」


そういえば。


あのあと、昼食や夕食の時、ハンナはアカリのことをしきりに誘っていた気がする。


でも、アカリの返答は決まって、


「『あなたたちと共に食事をする必要性がどこにあるの?』だ。せっかく誘ってやったのに、ほんとムカつくぜ」

「ぷふっ……ちょっと似てる」


だいぶ意地悪そうな語気が足された物真似だったが、喋り方をかなり寄せているせいでちょっと面白い。


「大体ああいう血筋でどうこう言う奴は好きじゃねーんだよな。てかさあ、お前だって散々田舎者とか言われるじゃん。そういうの腹立ったりしないんだな」

「私のところは本当に田舎だしね。それに、アカリは血筋を盾にしてるわけじゃなくて、本当にすごいしね」

「どうだか。あの血筋のおかげで天才なんじゃねーの」

「だとしても角音のコントロールとか、筆記試験とかは努力無しにはできないよ」


そう。


アカリはそういうところがあるから、頭ごなしに嫌いだとは考えられない。


実際、自分が田舎者なのは確かなわけだし。


「まあいいけど! とにかく、あたしら組むのは決定ってことで!」

「うん! 頼りにしてる!」


この二人が組めば、なんだかうまくいきそうな気がする。


ミウは、そう思っていた。


ところが、現実・・はそう甘くはなかった────。

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