第一〇話 華やぐ学院生活と角笛クエストゥルス
「準備はいいかー。落ち着いて、先に成功した者のアドバイスに耳を貸すこと」
そう、まだこれが残っていた。
すなわち、角笛と己を近づけること。
角笛を、己の性質と同化させること。
「頑張ってください、ミウ」
「落ち着いてね、ハンナ」
グラーシェとピルピィが、見守ってくれている。
器技学の教室で、二人並んで角笛をハーティルナの鏡の前に置く。
それはまだ螺旋を描いた支給品そのままの角笛。
しかし、ミウにはもう失敗する気は全くなかった。
「大丈夫。今の私なら……!」
「あたしだって負けねーからな」
「ううん、私が先に完成させるんだから!」
隣でそう笑うハンナも、ハーティルナの鏡を見やる。
集中力が全てを決めるこの性質の同化。
未来を映し出す鏡と、今の自分をどれだけ引き寄せるか。
未来の自分をイメージするのだ。
自分に対して同化した角笛を吹き鳴らす、角人らしい己の姿を。
「はじめ!」
メイガン先生の号令に合わせて、角笛に触れる。
(前の授業の時は、ハンナのことが気にかかって集中できなかった……)
やっとわかった。
前の授業の時に、どうしてミウはこの同化を失敗したのか。
これ以上に、ハンナの機嫌を気にしていたから。
嫌われたくないって、そう不安がっていたから。
でも。
(でも、今は違う……!)
誰かを必要以上に気にかけて、失敗する必要なんかない。
だって、ミウはハンナを信じているから。
本当の友達なんだから、喧嘩したって、いがみ合ったって、きっと仲直りができる。
お互いを助け合って、お互いに切磋琢磨していく。
それが、友達なんだ。
趣味が合わなくても、性格が噛み合わなくたって、それは別々の人間なんだから仕方ない。
でも、それが気にならないくらいの友情だって、きっとあるはずなんだ。
「はあああああああっ……!」
瞳は、未だ閉じたまま。
けれど、その瞳を覆う瞼の向こうから、何かの光が溢れているのを感じる。
できる。
失敗するはずなんてない。
だって今、気がかりなものは何もない。
未来の自分が、こちらに手招きしている輝かしい自分の姿が、まっすぐ鮮明に感じられる。
「らあああああっ……!」
隣の、ハンナの声が聞こえる。
でも今回は、こちらを邪魔するような音ではない。
むしろ、その逆だ。
お互いの信頼を呼び合うような、そんな心地良い声だ。
角笛の神秘に触れるようなワクワクがある。
そうだ。
今、自分は角音の不思議を肌で感じているんだ。
夢に現れる、創世の角音を操る翼を持った角奏者。
大地を作り、水を放ち、炎を操り、それら全てを風邪で操った暴風の人。
あのワクワクに、今度は自分が触れている────!
(私は、あの人にもっと近づきたい。角音について、もっともっと知りたい!)
前の時はそれどころでなかった。
けれど今は、安心してこの高揚感に身を任せられる。
(……そうだ、名前)
スィーヤの操る角笛ロキ、キラリエの操る角笛ゴルディスノウ。
そんな名前が、この角笛にも欲しい。
もっと、もっと全てを知りたい、そんなこのワクワクにふさわしい名前が。
最高の集中力のまま、頭の中に多くの候補が浮かび上がる。
それは、決して角笛を同化させる上での寄り道ではなかった。
そう、それはこれから飼う生き物に名前をつけるかのように。
生まれてくる我が子に、母がふさわしい名前をつけるかのように。
目の前で形になっていくその角笛を呼称することのできる、最高の名前────。
「ク、エス……」
その時、何か囁くように脳裏に言葉が紡がれる。
それはもはや、運命としか言いようがなかった。
思わずミウの口からは、その名が呟かれていた。
「決めた……! あなたの名前は……!」
そして、パッと瞼が開かれる。
その碧眼がパッと輝くような光を放ち、彼女の赤黒い
「────……角笛、
ミウの目の前にそれが……顕現していた。
心地良い風が巻き起こる。
目も眩むような青緑の閃光の中から生まれ出ずるのは、ミウの角と同じ──赤黒い色を宿した、二メートルにも達するかというほどの巨大な角笛だった。
その形はミウの角と同様に大きく歪み、ゆるい「
説明するとすれば、吹き口からまっすぐ伸びる角がだんだんと湾曲していき、ある一定の部分で一気に元の直線に引き戻されたような。
湾曲し始めた部分から戻る部分までの間には、持ち手と言わんばかりに、違う色のしっかりとした、螺旋を描く骨のようなものが渡されている。
吹き口はほっそりしているが、発動孔──つまり角音が出る部分──は、ミウの頭が入り込むくらいに直径が大きい。
「お……おわあああぁぁっ⁉︎」
瞳を開いて少しして、ミウはようやく驚いて椅子から転がり落ちる。
何しろ、目の前に自分の背より長さのある角笛が忽然と現れたのだから。
同時に、教室中に悲鳴が響き渡る。
グラーシェも腰を抜かして怯え、ピルピィはなんだこれはというような好奇の目で角笛に飛びかかっていた。
「な、な……!」
「何これすごーい! おっきい! ミウすごいよっ!」
「あ、あわわ……」
いや、すごいとは言うが。
流石にこんなの予想外だ。
同じような感想を持っているであろうメイガン先生は、そのぼんやりした目をパチクリさせながらミウの方に歩み寄る。
「いやあ……これは……初めて見るな、こんなばかでかいのは」
「ご、ごめんなさ……」
「……とりあえず、元の角笛の形に戻そうか」
一度性質を近づけた角笛は多くの場合少し巨大化するので、元に戻す必要がある。
だとしてもこの大きさにまでなってしまっては、もはや必須としか言いようがない。
ミウがその角笛におずおずと手を触れ、命じると、今までの騒ぎはなんだったのかと言いたくなるほどあっけなく、元の支給品の角笛に戻った。
「みんなに怪我はないね。鏡を壊しもしてない……よかった」
「あのっ、私……!」
「気にしなくてもいい。角笛の形や大きさは人それぞれだ。まあ、これだけの大きさは初めて見るけど……」
すみません、すみませんと何度も頭を下げるミウ。
ハーティルナの鏡なんて、メイガン先生に貴重とまで言わせるものなのだから、それを壊さなくてよかったと内心ホッとしていると。
ふと、すぐ隣でハンナが同じ作業をしていたのを思い出す。
「はっ、ハンナ! ハンナは大丈……っ」
そこには、思い切り床に大の字になっているハンナの姿が。
「ははははははハンナぁ! だっ、大丈夫⁉︎」
おそらく、今の衝撃で床に転がってしまったのだろう。
なんだか神妙な表情をしながら、まるで最初からそこにいたかのように寝転がっている。
「あ、頭打ってない? ほんとにごめ……」
「で……きたぁっ!」
「うわびっくりしたっ」
いきなり起き上がるハンナ。
危うくミウとおでこでぶつかってしまうところだったが、彼女の表情はカッと目を見開いて嬉しそうにしていた。
そしてその手には、こちらも二メートルくらいありそうな、細長い棒のような角笛が。
「わっ……物干し竿みたい」
「できたぞ……あたしの角笛、
彼女がボルーグと名付けたその角笛は、まさに物干し竿のような形状。
太さは握り込めるくらいで大したことはないが、真ん中の握り手のような部分から外側は、螺旋状に伸びた濃いねずみ色の角で、計二メートル分ほどの長さがある。
先は片方が吹き口で、口の部分だけが加えられるように先細っている。
逆にもう片方は発動孔で、重さがありそうな円筒状の覆いのようなものがついており、その先には穴が空いている。
角笛なので中身が空洞なのは間違いないが、それでもしっかりとしなり、強度があるように見える。
「角笛っていうか……」
「ポールとか棍棒ですよね、あれ……」
ミウとグラーシェは、お互いに顔を見合わせて苦笑いする。
そんな二人に、ハンナは駆け寄ってキラキラした目で語り出す。
「めっちゃかっこよくね、これ! すげー強そうだろ!」
「う、うん! ハンナにすごい合ってると思う!」
「お前のさっきのやつもすごかったぞ! なんだっけ……く、く……」
「クエストゥルス。ほら!」
再び力を込め、先ほどの赤黒い巨大な角笛に戻す。
立てながら実体化させたため、今度は何かを壊したりはしない。
「これで私たちも本当の角人だよ!」
飛び跳ねながら、ミウはハンナに飛びついて嬉しがる。
なんだか、随分遠回りしたような気がするけど。
本当の友達が、一気に三人もできた。
ハンナ。
グラーシェ。
ピルピィ。
そんな友人たちによって、ミウの学院生活はより一層華やぎ始める────。
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