第三話 動物博士のピルピィ

「待ってよ、キラリエさん!」


キラリエを追いかけて、森の中に踏み入るミウとピルピィ。


むわ、とした湿度の高い『ヴァーサクの森』は、少し歩いただけで汗をかいてしまう。


森の中は背の高い樹木がその大きく茂った枝と葉で太陽の光を遮り、足元がおぼつかなくなるくらいに薄暗い。


そんな中で、キラリエはずんずんと先に進んでいく。


「ねえったら! 何を目指して歩いてるの!?」

「うるさいですわ! ついてこないで!」

「そんなわけにいかないよ……私たち、三人一組でチームなんだから」


なんとかキラリエに追いついたミウは、あからさまに機嫌の悪そうな彼女にそう答える。


しかし、彼女はあまりにも予想通りな返答をした。


「あなた達をチームだなんてこれっぽっちも考える気はありませんわ。わたくしの邪魔をしないで」

「だって、何を作るのかも決めてないのに!」

「作る? そんなのあなたがたが勝手にやりなさいな。わたくしは先生方やアカリにわたくしの力を認めさせる、ただそれだけですわ」

「認めさせるって……どうするの?」


いつになく険しい顔で叫ぶキラリエに、ミウは息切れしながらも問いかける。


認めさせる────確かに、彼女らしいと言えばらしいかもしれない。


いつだって彼女は、己の実力を周りに、特にアカリに認められたがっている。


それにしても、今日はやけに気が立っているような気がするが。


ミウは彼女が力を誇示するための方法が分からず、問いかける。


するとキラリエは最高に苛立った声色で、ついに振り返って怒鳴りつけるように答えた。


「────この森で一番強い生物を倒すに決まってますわ!! そんな事も分からないの、この田舎者!!」

「っ……!」


その紫色の瞳が、怒りに満ちる。


ミウは思わず一歩後ずさるが、キラリエはそれをすぐに詰めて顔を近づけ、更に畳み掛ける。


「この実習は奏技学のリエリー先生も見てらっしゃいますの! わたくしがこの学年で一番の優秀者だということを知らしめるこれ以上ないチャンスなんですのよ!」


確かに、それは一理ある。


奏技学を担当するリエリー先生が生徒達を見守っている以上、ここで大きな成果を上げる事は絶大なアピールになりうる。


しかし。


「でも、それが目的じゃないでしょ!?」


そう、これはあくまでも家庭学の実習。


成績をつけるのは、決してリエリー先生ではない。


出来た料理と材料を調達する過程において、クキリオ先生が判断するのだ。


だが、キラリエはそんなこともお構い無しとでも言うように、


「わたくしの目的はそれなのですわ。分かったらどこへでもお行きなさい、邪魔よ」


ふん、と鼻息を荒らげたまま森の奥に消えてしまうキラリエ。


ミウは困り果てた様子で、ピルピィの方を見やる。


「……どうしよっか」

「好きにさせてあげたらー? キララ、きっとピルピィたちの話聞く気ないと思うよぉ?」


名前が長い(?)人にあだ名をつける彼女のクセが、今回も炸裂している。


近くの木の表面を走るトカゲを指でつんつんと触れながら、特に気にしないとでも言うようにピルピィは答える。


けれど、彼女は少し眉をひそめると、


「……でも、森っていうのは一人で入るとすっごく危ないの。一応、こっそりついて行こ」

「……! う、うん」


今まで見た事のない彼女の表情に、少し戸惑いつつも頷くミウ。


どんな動物とでも仲良くしている気のするピルピィは、森がホームグラウンドのようなところがあるのかもしれない。


キラリエが消えた方向についていきながら、ミウはピルピィに問うてみる。


「ピルピィ、こういうの得意そうだよね。故郷も森が多いの?」

「うん。ピルピィの故郷はラロロ村っていって、深ーい森の中にあるの。動物さんが沢山いて、いっぱいオトモダチになれるんだ」


ちゅんちゅん、と口をすぼめて鳥の声真似をするピルピィ。


すると数羽の赤い羽の小鳥がそれを聞き付けて、ピルピィの頭の上に乗る。


「ラロロ村は動物さんとたっくさんオトモダチになって、みんなの力を借りて生きていくっていう風習があるんだ。だからピルピィも、色んなオトモダチを知ってるよ」


彼女は頭の鳥にゆっくりと触れ、掌に乗せてから目の前に持ってくる。


「この子はメカクシアカバネ。すっごい耳が良い代わりに目が退化してて、鳴き声を真似ればすごく仲良くしてくれるの」

「へえ……たしか、この鳥の卵は栄養があるって教科書に書いてた気がする」

「そう。しかもすっごく美味しいの。でも、この子はそこまでたくさん卵を産まないから、一つの巣から一個しか取っちゃだめだよ」


さ、お帰り、と。


ピルピィがメカクシアカバネの頭をつん、と触ると、鳥はパタパタと何処かに羽ばたいていく。


次に彼女は通りすがった水溜まりに近付くと、その中に手を入れ、一匹のトカゲを手の甲に乗せる。


「あれ、その子クルルと同じハッコウコトカゲじゃない?」

「うん。ハッコウコトカゲはね、天敵のギョロリドリに食べられないために光るようになったんだよ」

「ギョロリドリって、あのすっごい目が大きい鳥?」

「そう。こういう薄暗い森の鳥はね、メカクシアカバネみたいに耳に特化するか、ギョロリドリみたいになるの」


図鑑で見た時、ミウがかなり衝撃を受けた鳥だ。


鳥なのに翼がなく、代わりに脚力がとても強いという変わった生き物。


しかも、その目は他の鳥と比べてかなり大きく、常に瞳孔が開いた、つまりはギョロリ、と睨んでいるような状態にある。


主食がトカゲ類だというのは、初めて知ったのだが。


「ギョロリドリは暗いところでも良く見えるような目だから、ハッコウコトカゲみたいに突然ぱっと光られるとしばらく何も見えなくなっちゃうの。すごいよねぇ、食べられないために光れるようになっちゃうなんて!」


きらきらと輝いた目をしたまま、彼女はそのハッコウコトカゲを満足気に見つめる。


動物の話をしている時の彼女は、本当に幸せそうだ。


きっと、動物が心の底から好きなんだろう。


そうやって本当に好きなものに向かえるその姿勢が、少し羨ましい。


「…………ん? その子、逃がさないの?」

「うん、食べよっ」

「えっ」


ミウが驚いたその隙に、ピルピィはそのハッコウコトカゲを籠に入れる。


「……食べるの?」

「美味しいんだよぉ、ハッコウコトカゲって。発光器官っていってね、この背中の黄色い部分は栄養があるし、スープの出汁とかにも使えるんだぁ」


にこにこしながら、彼女はそう言う。


けれど、ミウはそのハッコウコトカゲにピルピィが飼うクルルとの違いが見つけられず、何だかとても可哀想な気分になってしまう。


「あ、あのさ……」

「お肉も美味しいよ、とろっと柔らかくて。とりあえず一品目はハッコウコトカゲのスープに決まりだね。あと二匹だけ捕まえなくちゃ」

「う、うん……じゃなくて! ね、ねえ、それ……クルルと同じ種類の生き物でしょ? なんか気が引けちゃうなー……なんて」

「? クルルとは全然背中の模様が違うよ? そもそもクルルは寮に置いてきたしね」


そういうことではないんだけど、と言いたい。


けれど、それを上手く言葉に出来なくて、ミウはあたふたしたまま。


するとそれを察したのか、ピルピィは「ああ」と呟いて、


「んー……そっか、あんまり慣れてないんだね。ハッコウコトカゲは連れ歩くのも食べるのもどっちにも役立つオトモダチだから……私も、最初はあんまり好きじゃなかったけど」


彼女の目は、少しだけ遠くを見ていた。


しかし、それはすぐにミウの方へと向き直る。




「でもミウがいつも食べてるものだって、誰かが捕まえて、殺したものなんだよ。生き物は他の生き物を食べて生きるものなんだから、ちゃんと向き合わなくっちゃね」




そう言う彼女の表情は、いつものように緩い雰囲気ではあるものの、瞳は真剣そのものだった。


彼女の故郷はきっと、生き物の生き方を大事に考える人達がたくさんいるのだろう。


「だからこそ、必要以上に捕まえたりしちゃだめなんだよ。……さっきキララが言ってたこと、少し心配だなぁ」


ピルピィはキラリエが消えた方角を見やりながら、心配そうに呟く。


こう言ってはなんだが、いつも何を考えているか分からないように見えて──実は、誰よりも生物の生き方を考えているのだな、と。


ミウは、ピルピィの真剣な口調を反芻はんすうしながらそう感じていた。


の、だが。


「……────っ!?」


突如、近くで何かがぶつかったような轟音が響く。


それは、キラリエが消えた先から聞こえるものだった。


「い、行こう、ピルピィ!」

「うん!」


慌ててそちらの方へ駆け出す二人。


彼方から聞こえる轟音は、しかも続けざまに何度も耳に響いてくるのだった。

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