第四話 新たな友人、グラーシェ・オッドー
グラーシェ・オッドー。
ピルピィと同室で、ミウ以上に恥ずかしがり屋の女の子。
いつもピルピィと一緒に行動してはいるが、彼女が破天荒すぎるためかいつも振り回されている──ミウから見たグラーシェは、そんな印象を受ける。
「ハーティルナの鏡は行き渡ったな? それじゃあ各自で始めろー」
メイガン先生がそう言うと、皆揃って鏡に角笛と自分を映す。
同じ大きな机の向こう側では、ハンナとピルピィも同じように初めている。
ミウは、隣に立つグラーシェに笑いかけながら言う。
「じ、じゃあ頑張ろっか、グラーシェさん」
「は、はい。あ、その、私が先にやっても……いい、ですか?」
「うん」
先にやりたいというグラーシェに先を譲り、ミウはその様子を観察することにした。
角笛を自分の性質に近づけるための具体的な手順は、以下の通り。
一、鏡に自分と自分の角笛が映るようにする。
二、瞳を閉じて、精神を集中しながら角笛に触れる。
三、角笛と角人が繋がっているような感覚のまま、しばし待ち続ける。
四、角人の角に淡い光が灯り、角笛の形状が変化していく……といった感じだ。
グラーシェはビクビクしながら鏡の前に座り、その前に角笛を置く。
「うまくいきますように……うまくいきますように……」
不安そうな表情をするグラーシェは、ハーティルナの鏡に自らを映す。
ハーティルナの鏡というのは少し大きめの卓上の丸形立て鏡であり、その周りには金と銀の美しい装飾がなされている。
鏡はその前のものをそれ以上に美しく見せるほどに丁寧に磨かれており、その奥に本当に左右反転の世界が存在していそうな気さえしてくる。
「だ、大丈夫! グラーシェさんならきっとうまくいくよ!」
「でも……鏡に飲み込まれたりするかもしれないですし……角笛の方が私のことを嫌うかも……」
「そ、そんなことないよ……」
実際に話してみてわかったが、彼女は随分と心配性みたいだ。
同室がピルピィなのが信じられないくらいで、確かにこの性格では振り回されてしまうかもしれない。
「とにかくやってみよう? ほら、集中集中」
「は、はい……」
大きく息を吸い、吐く。
そうすると、彼女の周囲の空気が一気に変わる。
(……!)
その瞬間、ミウはグラーシェが得意なことを一つ見つけた。
そう、彼女は一度何かを始めると、周りを寄せ付けないほどの
(空気が……変わった……!)
瞳を閉じたまま、彼女は自身の角笛に触れる。
すると程なくして、ハーティルナの鏡の鏡面が淡く輝き始める。
いつの間にかその中の世界では、角笛が別の形に変化していた。
「あ、れは……?」
「ほお、速いな。それだけ集中力が高く、角笛との繋がりの純度が高いということだ」
「め、メイガン先生。なんで鏡にこっちと違うものが写ってるんですか?」
隣に立ったメイガン先生に問いかけるミウ。
メイガン先生はグラーシェの恐るべき集中力に目を丸くしながら、解説を始める。
「ハーティルナの鏡は自らの心と未来を写すのさ。鏡がいま写しているのは、その心の中の『角笛の性質を自らに近づけたい』という思いと、それが達成できた未来なんだ」
「未来……」
「そして集中して自分と角笛の性質を近づけることで、鏡の世界に写ったものが反映されてこちらの角笛も変化していく。今やっているのは、未来の自分と今の自分を繋げることなんだな」
なんだか分かるような、分からないような。
それでも、グラーシェの集中力が並大抵ではない事に変わりはない。
彼女の角笛が、どんどんと変化していく。
彼女の角と似たような、短くてへらのように横に広がった形状に。
そう、ちょうどそれが二つ、中を空洞にして重なり合うように。
大きさとしては、オカリナくらいが近いだろうか。
「す、ごい……!」
今起きているのが間違いなく超常現象であるということに、肌が震えるミウ。
早く自分を同じ事をしてみたい。
ワクワクが止まらない。
周りの生徒達も、あまりに早いグラーシェの過程に固唾を飲んで見守っていた。
────やがて角笛が完全に姿を変え、角笛からも角からも、光が消える。
「……ふぅ。み、ミウジカさん、終わっ……」
集中の終わったグラーシェが、ミウの方を振り返ろうとした瞬間、メイガン先生から拍手が巻き起こる。
「素晴らしい! みんなも彼女のような素晴らしい集中力で望むように!」
他の生徒達もみな、一様に拍手をする。
だって、あまりに速くて、なおかつ丁寧な行程だったのだから。
ミウも、思わずグラーシェに駆け寄って称賛の声を上げる。
「すごいよグラーシェさん! 一番早く出来たなんて!」
「あっ、やっ、その、ひあ……っ」
ただ、グラーシェはその多くの歓声が苦手なようで。
ミウの事なんて目に入らないというか、勢い良く机の下に潜ったまま、出てこなくなってしまった。
「は、恥ずかし……」
「そんな事ないよ! 集中してる時のグラーシェさん、すっごく格好良かった!」
「はうぅ……ほ、褒めないでください……!」
薄暗い机の下でも、彼女の頬が真っ赤になるのが見て取れた。
その様子に、隣のピルピィも走り寄ってくる。
彼女は隠れているグラーシェの腕をぐいと掴むと、
「もー、グララはすっごいんだから、そんなに恥ずかしがらなーい!」
「やー! ひ、引っ張らないでぇ……!」
「グララったらいっつもこうなんだぁ。恥ずかしくなってすぐ隠れちゃうの」
ミウに苦笑いしながら、彼女を机の奥から引っ張り出す。
同室のピルピィが言うのならそうなのだろう。
実際、グラーシェは涙目のまま顔を真っ赤にしていた。
「よぅし! ピルピィもやっちゃうぞーっ!」
「ううぅ……恥ずかしい……」
「あ、はは……で、でも! ほら! グラーシェさんだけの角笛になったよ!」
ハーティリアの鏡によって変質した角笛を手に取り、グラーシェに手渡すミウ。
「すごいねえ……白に限りなく近い紫色っていうのかな。バイオレットの色? グラーシェさんの角と同じですっごく綺麗。それに、なんか力がこもってる気がするし……ほら、グラーシェさんの性質に寄ったっていうか、同じ感じの雰囲気を感じるっていうか……」
ミウはただ思っていただけを述べ連ねていたのだが、ふとやたらと口数が多くなってしまっていることに気付く。
ぽかん、とこちらを見るグラーシェに、思わず顔を真っ赤にするミウ。
「あ、ご、ごめんなさい……なんか、気持ち悪いよね。でも、この角笛があんまり綺麗だから」
てへへ、と苦笑いする。
引かれちゃったかな、と。
元々角人が持つ角音とか、角笛などに美しさを感じてこの学院に入ったものだから、どうしてもこの角笛に魅力を感じてやまない。
何故なら今ここで、グラーシェが自らの性質に近付けて完成したばかりの角笛なのだから。
でも────。
「……ううん、嬉しいです。ありがとう、ミウジカさん。そんなに言ってくれる人、ピルピィくらいだったから……」
「…………!」
照れながらも、そう答えてくれたグラーシェ。
なんだか、つられてこっちまで照れてしまう。
「そ、そんな。ただ思った事言っただけだよ」
「でも、嬉しかったです。ミウジカさん」
「え、えと……その、ミウでいいよ。ミウって呼んで?」
どさくさに紛れて、もっと仲良くなってみようなんて思ったり。
でもグラーシェは、嫌な顔一つしないで。
「では、ミウ。ありがとうございます」
「え、えと……うん! よ、よーし! 私も角笛を上手く変化させるぞーっ!」
あんまり純粋な笑顔で、そういうものだから。
ミウは小っ恥ずかしくなって、誤魔化してしまった。
それにも笑みを浮かべるグラーシェに、深い優しさを感じる。
ただ、ミウが鏡の前にその角笛を置くと、彼女は思い出したように離れ、ピルピィの後ろに隠れる。
「……はっ! ち、ちょっと待ってくださいミウっ! 私が離れてから始めてください!」
「えっ、なんで……」
ミウが問うと、グラーシェはビクビクしながら、答える。
「だ、だって……この間みたいに爆発したり、その辺のもの壊したりしたら危ないから……」
「し、しないよっ! ……たぶん」
「た、たぶんじゃないですかあ!」
「しーなーいってーっ!」
でも、本気で怖がっているわけではないみたいで、ミウが弁解すると、グラーシェは少し笑っていた。
そんな彼女につられて、こっちも笑う。
「あはは……は、」
そんな時、ピルピィの隣にいるハンナと視線が合致する。
ミウはおもむろに手をひらひらさせてみる────が、ハンナはどこか所在なさげにこちらを見やってから、ぷいと向こうを向いてしまう。
「……はあ」
元気なさげに溜息をつくミウ。
彼女のそんな様子を、グラーシェが少し心配そうに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます