第三話 角笛の神秘
「さて、それでは角笛についてのおさらいをしようか」
そう言うと、器技学の教師であるメイガン・クラフト先生は自分の角笛を吹く。
そして、その角笛で黒板の表面をこつりと叩くと────先生の手元の太いペンが勝手に動き出し、一つの絵を描き始める。
「すごい……!」
ミウは思わず呟く。
それは、生徒達に配られているクリーム色の標準的な角笛の図だった。
「角笛というのは角音を奏でる為に必要不可欠なものであり、これがなければ私たち角人はただの人間と何も変わらないわけだ。むしろ余計なものが頭についているだけ不便でもある」
角笛の図を描き終えたペンを手の中に引き戻し、その頭の方で黒板をコツコツと叩く。
「つまりは私達はいわばこの魔法の道具を上手く使えるようにならなくてはならない。ここまでは分かるね? じゃあ、角笛の機能についてのおさらいだ」
そしてそのペンをもう一度持ち直すと、角笛図を四つの部位に分けて円で囲む。
「角笛は基本、四つのパーツで出来ている。これを答えられる人はー?」
「はい」
「よし、アカリ。答えてみろー」
メイガン先生は返答を募るが、いつものように一番最初はアカリが手を上げた。
「吹口、
「そうだ。流石はアカリ・ミヤシロだな、よく勉強してる」
「ふん、私だってそれくらい答えられますわ」
「じゃあ次答えてみるか、キラリエ・ゴルドジャース。それぞれの働きを説明してごらん」
「えっ。も、もちろん答えられますわよ!」
アカリが席に座るのを尻目に、少し不安そうに立ち上がるキラリエ。
思い出すようにしながら、彼女は説明を始める。
「吹口は息を吹き込むところ! 変管は角人の吐息を角音に変換し、音壺は……そう、好きなタイミングで角音を扱う為に音を溜め込むところですわ! そして、扱う際は発動孔から音が出る! これですわ!」
「流石だな。君も良く勉強している」
「あ……当たり前ですわ、この私が答えたのですから! おっほっほっほっほ!」
メイガン先生に褒められたキラリエは、一瞬物凄く嬉しそうな顔をしたあと、高笑いをする。
はあ、とため息をつくアカリと、苦笑いをするメイガン先生。
そこで彼女を座らせて、メイガン先生は説明を始める。
「彼女が答えてくれた通りだ。一つずつ振り返ろう」
彼女が確認していくのは、角笛を構成するパーツについてだ。
キラリエが述べたとおり、角笛は四つのパーツで構成されており、
一つ目、吹口……息を吹き込むための部位。
二つ目、変管……吹口に吹き込まれた吐息を角音に変換する部分。
三つ目、音壺……角音を溜め込んである程度の時間保持できる部分。
これは、前回実技試験でハンナが披露していた、角音の溜め込みに使っていた部分である。
そして四つ目、発動孔……実際に角音を放出して力を発動する部分。
つまり角音が角笛で発動される過程としては、角人の吐息が『吹口』から入り込み、『変管』で角音になり、使いたいタイミングまで『音壺』で溜め込まれ、『発動孔』で放出されるということだ。
「……という感じだな。そして、今日は君たちに角笛の
「し、神秘……!」
ミウは、メイガン先生がそう言ったのに反応し、目を輝かせる。
角笛のさらなる神秘。
そう、ミウはこの間から気になっていたことがある。
それは、スィーヤの角笛について。
実技試験の前に彼女と出会った時、実は最初に目を引かれたのは角笛だったのだ。
彼女の角笛は最初に配られるクリーム色の螺旋状のものではなく、彼女の角と似た形状の角笛だった。
もしかしたら、ついにあんな風な個性のある角笛を手にできるかもしれない。
「楽しみだねー、ミウ!」
ぐるり、とこちらに向きながら満面の笑みを浮かべるピルピィ。
「うん! って、あ、ご、ごめんなさい、なんか馴れ馴れしくて……」
「えー、別にいいのに」
さっき話しかけられただけでかなりの距離の近さだったので、つい釣られてしまった。
それでもなんだか、彼女とは仲良く出来そうな気がする。
「角笛っていうのは角人の生命線でもあり、さらに言えば
メイガン先生はそう言うと、自身の角笛を取り出す。
彼女の角笛は、U字に曲がった後に前に伸びるような形状をしている。
それは彼女の角も似たような形状と色をしており、よくよく考えれば確かにその性質を取り込んでいるかのようだ。
「これは、汎用的な角笛が変質したもので、私が普段扱っている角笛だ。このように、君達にも角笛を自分の性質に近づけてもらう」
その後も講義が続いたが、要約するとこんな感じだ。
角笛は角人の性質を映す鏡であり、その性質を変化させることが出来る。
そのためには「ハーティルナの鏡」と呼ばれる特殊な鏡が必要である。
やり方としては、そのハーティルナの鏡に角人、そして本人の角笛を映すこと。
メイガン先生が言うには、初期実技試験を突破するくらい経験を積んでいれば、角笛に自分の性質を映すことは可能であるらしい。
「それじゃあ今から実際にやってもらうが……ハーティルナの鏡は貴重な物で数があまり無い。そこで君らには二人一組になってもらう」
「え……」
ミウの中のワクワクが、一度詰まってしまう。
二人一組。
なんでよりによって、ハンナと険悪な感じの時に。
「ね、ね! ミウ、私と一緒にやろうよ!」
「えっ? え、えと……」
そんな時、ピルピィからお誘いの声がかかった。
彼女の頭の上のペット、クルルの目は確実にこちらを懐疑的な目で見ているのだが、ピルピィはこちらに抱きつきながらこちらを誘ってくる。
ただ、ミウはなんとなく隣から視線が飛んできているような気がして、そちらを見てしまう。
「……ひっ」
飛んできているというか、もはや畳み掛けてきているような気さえしてくる。
さっきまで全く合わなかったハンナの視線が、強くこちらに飛んできているのだ。
思わず、ミウはピルピィの身体を引き剥がして、
「ご、ごめん! 私、別の人と組もうかなって……」
「えー? なんだあ、つまんない」
頬を膨らませて、本当につまんなそうな顔をするピルピィ。
すると、次の瞬間予期せぬ事態が起こった。
「じゃああたしと組むか、ピルピィ?」
「えっ」
なんと。
ハンナは頬杖をついたまま、ピルピィに向かってそう提案したのだ。
「いいのー? やったあ!」
「えっ、ちょっ……」
目の前で交渉成立。
ハンナの視線に罪悪感を感じたミウは、あっという間に選択肢を失ってしまった。
「よーし、全員ペアを組んだかー?」
「あっ、えと……」
あたふたとするミウに、メイガン先生の目が留まる。
それもそのはず、他の席の子は大抵自分のルームメイトか、仲の良い友達とペアを組んでいるのだから。
「なんだミウジカ・ローレニィ。まだ組めてないのか。ハンナ・リロニィーナは?」
「ピルピィさんと組んでまーす」
「まーす」
二人は声を揃えて答える。
いつまで経っても決まらないミウに、メイガン先生は顎でくいとジェスチャーしながら提案する。
「そっか。じゃあミウジカ、
「はっ、はい!」
慌ててる時のミウは、人の話も頭に入らない傾向がある。
言われて顔を真っ赤にしながら座った彼女は、今更になって先生の言葉の意味を振り返る。
「……グラーシェ・オッドー?」
慌てて周りを確認する。
みんなが嘲笑いながらこちらを見るが──それとは別に、ミウの視線に敢えて身を翻す少女を見つける。
綺麗な黒髪。
それを後ろで三つ編みにして垂らしており、角は僅かに紫がかった白。
その形状は根元がへらのようで、他の生徒と比べてかなり短い。
恥ずかしがって赤くなる頬は、彼女がかける古びた眼鏡によって少し歪んで見えた。
「よ、よろしくね、グラーシェさん」
「え、は、はい」
彼女があまりに頬を赤くするものだから、なんだかこっちまで照れてしまった。
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