第五話 友達って?
「はあ……」
昼食の時間。
太陽の陽が射し込む食堂で、ミウは一人溜息をついていた。
サラダやパンに伸びる手も程々に、ただただ溜息をついて唸るのみ。
結局あの授業のあと、ハンナはどこかに行ってしまい、昼食に誘う事もできなかった。
だからこそこうして一人寂しく昼食を食べているわけなのだが────そんな彼女の隣で、椅子を引く音が聞こえた。
「ミウ。隣、いいですか?」
「……グラーシェさん」
「さん付けはやめてください。私もミウって呼ぶんですから、あなたにもグラーシェって読んで欲しいです」
ランチプレートに山盛りサラダを乗せて、隣に座るグラーシェ。
ミウがごめんなさい、と謝ると、彼女はにこりと上品に笑ってくれた。
「元気がないですね。角笛が変化しなかったから……ですか?」
「あ、ううん。器技学の授業はまたあるし、変化できなかった人はそこでやるって言ってたから……」
そう、先程の授業でミウは、角笛を自らの性質に近付けることが出来なかった。
メイガン先生には、上手く集中出来ていないのが原因であると言われたが……。
「角笛が変化しないのは集中が出来てないから、と言われてましたね。でも私が見る限り、ミウさんは乱されなければ集中力を維持出来るタイプなのでは……と思うんです」
「そうかな。褒めてくれてありがとう」
「だから思うんですけど……ミウ、ハンナさんと喧嘩してるんじゃないですか?」
直接的に問うグラーシェに、ミウは言葉が詰まってしまう。
サラダをはむ、と頬張りながら、グラーシェはこちらの顔を覗き込んでくる。
「……なんで分かったの」
「だってハンナさん、明らかにミウだけに冷たいですし……ピルピィも、ハンナさんの機嫌が悪いって言ってました。あの子、そういうのには敏感なんです」
「そ、そうなんだね……」
特に誤魔化す言い訳もないミウ。
元々は誰かに助けてもらいたくてアカリに尋ねたわけだし、グラーシェに助けを求めても良いかもしれない。
仲良くなってすぐなんて、失礼かもしれないけれど……。
「別に、喧嘩してるんじゃないんだけどね。ハンナの機嫌が悪くて……私、調子に乗ってハンナが嫌がるような態度取っちゃったのかも……。一番の友達だと思ってたけど、それは私が勝手に思ってるだけだったのかな……」
「うーん……そっとしておいてあげたら良いのではないですか? ハンナさんはコロッと機嫌を変えたりするじゃないですか」
確かに、グラーシェの言う通りでもある。
ハンナは感情表現が豊かであるが故に、ちょっとした事で怒ったり、笑ったりする。
それと同じで、いつも時間が経てば元に戻っているのだ。
でも、ミウの不安は拭えない。
「……でも私、ハンナとはいつも仲良くしていたいよ。そうでなくちゃ、ハンナが私と仲良くしてくれないような気がするの」
それこそが、ミウの中に渦巻く不安。
あんな社交的なせいかくだ、ハンナはミウ以外にも仲の良い生徒はいくらでもいるだろう。
でも、落ちこぼれと揶揄されるミウには親友と呼べる人は彼女ただ一人。
嫌なのだ、取り残されるのが。
せっかく仲良くなったのに、また一人ぼっちに逆戻りなんて。
「一人ぼっちは嫌だから……」
そう呟く自分の声が、何だか弱々しくて、情けなくなった。
結局、自分は何を手放したくないのか。
自分の中がごちゃごちゃになりながら悩むミウ、グラーシェが一言。
「────無理に仲良くしてばかりの友達なんて、本当の友達じゃないって思います、私」
思わず、振り返るミウ。
少しムッとした表情をする彼女に、ミウは少し怯えてしまう。
「衝突するっていうのは、お互いの違いを知る機会だっていう事です。それがなくって、いつもお互いの意見に流されてばっかりの関係は……長続きしないんです」
ぎゅ、と自分の手を強く握りながら、そう語るグラーシェ。
しかしその手はすぐに開き、ミウの肩を力強く掴む。
「私たち、別々の人間じゃないですか。例えば私が好きでミウが好きじゃないことだってあるし、その逆だってあります。それに、ハンナさんはそんな事でミウを嫌いになんてならないと思います!」
「……でも、もし一人ぼっちになったら……」
でも、不安が拭えない。
すると、グラーシェはミウの瞳をじっと見つめながら、問いかける。
「……ハンナさんのこと、信用出来ないんですか? よく分からない理由で友達じゃなくなるような、そんな人なんですか?」
その言葉に、思わずミウは反論する。
「そ、そんな事ないよ! ハンナはすっごく優しくて、格好良いし! 私が角音使えなかった時も、練習してる時も、いつも励ましてくれ、て……!」
ふと、ミウの言葉が止まる。
グラーシェもいつの間にか、ニコニコと笑いながらミウの方を見ていた。
「ほら、そんな人とは違うじゃないですか」
「…………!」
してやったり、とは思わせない表情ではあったが、言葉の端にそんなに色がこもっていた。
そしてミウも、自分でハンナの事を述べているうちに……なんだか、安心する事が出来ていた。
「そう、なのかな」
「そうなんですよ! きっと、ハンナさんも上手くミウと話せないだけなんです。だから……少し待ってみましょう?」
グラーシェの言葉には、それとない現実味があった。
まるで他人の体験を自分が既に体験しているみたいに。
「……うん。待ってみるよ」
ミウも、心が決まった。
結局、アカリが勧めてくれていた通りになったけれど……彼女は、人の扱いも完璧なのだろうか。
それはそれとして、ミウはスープを口にして一息ついてから、グラーシェに問うてみる。
「グラーシェはこういうの得意なんだね。なんだかすっごく大人」
羨ましいな、とも思った。
グラーシェの言うことは一つ一つ重みがあって、説得力がある。
私だったらそんな風には言ってあげられないや、なんて考えながら、ミウはグラーシェの表情を伺う。
グラーシェは、少し俯いたまま答える。
「……私も、同じ事があって……だからかもしれないです。全然大人なんかじゃないですよ」
嫌な思い出があったのかもしれない、と冷や汗が浮かぶミウ。
しかし次には、グラーシェはにこりとした笑顔を浮かべる。
「それに私、嬉しかったんです」
「え?」
ミウは首を傾げるしかなかったが、彼女はミウの手を取る。
「さっきの授業ですよ。ミウに角笛のこととか褒めてもらって!」
「そ、そんな……私、思ったことを言ってただけで……すっごい早口になってたし、気持ち悪かったでしょ?」
「いいえ、全然! 私、ミウには人の良い所を見つける才能があると思うんです。だからハンナさんの良い所だってすぐにたくさん思い浮かんだんですよ!」
そう言ってくれる彼女の瞳はキラキラと輝いていて、一切曇りがないように感じられた。
ミウの手を握る彼女の手も力強くて、こちらまで元気が出るようだった。
「ハンナさんもきっとあなたのことを嫌いになんてなりませんよ! 私が保証します!」
「うん、ありがとう! なんか元気出たよ!」
「それなら良かった! ね、ミウのこともっと知りたいです! 趣味とかないんですか?」
「趣味? 角音についてとか……あと、本とかも読むよ! 歴史の本とか!」
「ほんとですか⁉︎ 私も好きなんです、読書! ね、図書室行きませんか? 午後の授業までまだ時間もありますし!」
「うん! あ、ちょっと待って、まだ食べ終わってないや」
あはは、と笑い合う二人の声。
ハンナについての悩みも、とりあえずは深刻なところからは抜け出せたみたいだ、なんて自分で思ってみる。
それに、相談に乗ってくれる友達も出来た。
早くハンナとも仲直りしたいな、なんて思いつつ、ミウは昼食を急いで頬張った。
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