第二章 ハンナ・リロ二ィーナはご立腹?
第一話 ハンナ・リロ二ィーナはご立腹?
「はい、それじゃあ答案を返すぞ。今回の満点は一人だ」
この間の天文学の筆記試験、それの答案が返ってくる。
ミウにとって筆記科目は努力に見合った成績が返ってくるため、この瞬間は嫌いではない。
ただ、隣に座るハンナにとってはどうやら違うみたいで。
「満点だって、ハンナ。もしかして私かも!」
「……アカリに決まってんだろ。あいつはいつでも完璧だし」
「分かんないよ、私だって頑張ったもん」
妙に冷めた言葉を放つハンナに、ミウはムッとしながら反論する。
ただ、非角人で天文学の男性教員であるムウラ・ラムロン先生が呼び出した名前はやっぱり、
「アカリ・ミヤシロ。前へ」
「ほらな」
「う……」
アカリだった。
はい、と静かながら教室内に響き渡る声で返事をし、教壇へと上がる。
彼女はムウラ先生から丸のみが記された一〇〇点の答案を受け取る。
「流石だね、アカリくん。次も頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
特に喜びもない、これが当たり前だとでもいうかのような表情でそう答えるアカリは、軽く一礼すると自分の席に戻っていく。
「やだねー、当然ですみたいな澄まし顔しちゃって。ヤダヤダ」
「アカリさんもきっとすごく努力してるんだよ。毎回満点なんだもん」
「まず頭の作りが違うんだっての。はあ、羨ましいね」
ハンナは心底嫌そうな表情でそう言う。
まあ、その気持ちもわからなくはない。
今まで天文学は小試験も含めて三回ほど実施されたが、それも含めてアカリは全て満点を取り続けている。
天文学だけではない、国語、数学、地理や歴史など、どの教科も満点揃いだ。
それでいて、特に他の生徒の前では異常な程勉強している様子も見せない。
確かに頭の作りが違うのかも、と思いたくもなる。
(でも、今回は私だって)
実技が不安定な分、筆記の勉強は他人より多くしている自信がある。
それに、天文学は星の位置によって角人に影響を与えたりと、知識が角音にも少し関わってくる科目でもあり、楽しんで取り組めたことも要因だ。
もしかすると、今回はミウも……。
「ふん、あなたは相変わらずですわね、アカリ。私のライバルにふさわしいですわ」
自分の得点に期待するミウの耳に割り込むように聞こえてくる、やけに響く声。
キラリエ・ゴルドジャース。
アカリの隣に座る彼女は、学生寮でアカリと同室であるからか、やけにアカリをライバル視している節がある。
ただそれとは逆に、アカリは彼女を特別視している様子はない。
「そう語るのなら私と同じ点数を取ってほしいわね、キラリエ」
「う、うるさいですわ! 実技でならあなたには負けませんわよ!」
「今は筆記科目の話をしているのよ。それと声が大きいわ、あなたの悪い癖よ」
その態度が、余計にキラリエの神経を逆なでするらしく、彼女とアカリが出くわしたが最後、キラリエの怒号で会話が終わるのがお決まりだ。
そんな様子にミウが苦笑いしていると、不意に。
「ミウジカ・ローレニィ。前へ」
「へっ? あっ、はい!」
「なっ……」
唐突にムウラ先生に名前を呼ばれ、ミウは慌てて席を立つ。
ハンナもそれには驚いていたようで、思わず声を漏らす。
そしてミウはキラリエとはまた違って、焦って何かすると失敗するのがお決まりで。
「わっ」
階段で足を踏みはずす。
このロミニアホルン角音学院の筆記科目における教室は基本、生徒たちの座る机が一列奥に進むごとに一段高くなる。
これは後ろの席の生徒でも教壇や黒板が見やすいための形式なのだが、ミウはその段差でしょっちゅう転ぶ。
もともと何もない場所でも転ぶほどに鈍臭いのだから当然と言えば当然かもしれない。
今回も同じで、そのまま一番下までドスン、と転がり落ちてしまう。
「いったあ……」
教室中で笑いが巻き起こる。
ムウラ先生も既に何度も見た光景だが、彼は教壇から降りてミウの腕を掴む。
「もう君の年齢と同じくらいの回数言ってると思うけど……慌てなくていいんだよ、ミウジカくん。ゆっくりと降りておいで」
彼に助け起こされ、ミウは苦い顔をしながら起き上がる。
「はい、すいません……」
「せっかく良い点を取ったのに、怪我してしまっては嬉しくないだろ」
「はい、本当にすいま……えっ」
謝り慣れているミウは、いつものようにペコペコしながらそう言いかけ──言葉を詰まらせた。
それと同時に、教室内も騒然とする。
ただ、一番驚きを示していたのは……他ならぬ、ミウ本人だった。
「えっ、あの、良い点っていうのは……」
「惜しかったね。けど、これだけの点数を取れるのは努力している証拠だ」
ムウラ先生から微笑みながら答案を返却されるミウ。
それを受け取った彼女の目が、思わず丸くなる。
「き、きゅ……きゅうじゅ……きゅう……」
「おめでとう、ミウジカくん。これからも期待してるよ」
答案には、九が二つ並び、つまりは
間違えたのは、最後から二問遡ったところのひっかけ問題だけ。
ミウの声が、思わずうわずってしまう。
「はっ、ひゃい! や、やったーっ!」
教室内が大きくどよめく。
当然だ、誰よりも落ちこぼれだと思われていたミウが、ついに他の生徒から抜きん出た位置に立ったのだから。
たとえ、それが筆記だとしても。
「そっ、そんなわけありませんわあっ! この落ちこぼれが私より高い点数だなんてっ!」
耐えきれなかったのか、キラリエが突如席を立って叫ぶ。
そんな彼女にため息をつきながら、アカリは静かに告げる。
「やかましいわよ、キラリエ。大体あなたの点数はまだ分からないじゃない」
「あ、キラリエくんは八七点だね。答案取りにおいで」
「らしいわよ、残念だったわね」
「きーっ! うるさいわよアカリ! ムウラ先生もすぐに言わないでくださいなっ!」
もはや普段の余裕はどこへやら、キラリエは完全に顔を赤くして怒っていた。
ミウは思わぬ高得点に心を弾ませながら自分の席に戻る。
「やった、やった! ねえ見てハンナ、私やったよ!」
角音が(不完全ながら)使えるようになって、なおかつ実技試験もなんとかギリギリ合格できて、心に余裕ができたからだろうか。
今までのことがミウの自身に繋がって、この結果に繋がったのかもしれない。
それが嬉しくて、ミウは思わずハンナに答案を見せつけた。
「ふぅん。ま、よかったんじゃねーの」
ただ、ハンナの表情は特に変わることはなかった。
ミウはその反応をキョトンとしながら見ていたが、彼女から新しい言葉が返ってくることはない。
「……それだけ?」
「あ? なんだよ」
「あ、その……いつものハンナならもうちょっと褒めてくれるかなって思って……」
なんだか図々しいが、ミウは思わずそう口走ってしまった。
しかし、ハンナがその後笑顔を浮かべることはなかった。
「ハンナ・リロニィーナ。前へ」
「うーい」
ムウラ先生に呼ばれ、教壇に上がるハンナ。
答案を返す彼の表情は、お世辞にも良いものとは言えなかった。
「次はもうちょっと頑張ろうか。授業態度もあまり良くないしね」
「うげっ……一五点……」
ムウラ先生に少し深刻めな苦笑いを浮かべられ、とぼとぼと席に戻るハンナ。
ミウは彼女に何かを声をかけてあげたかったが、その視線は一向にこっちを向いてくれない。
結局、ミウはその授業が終わるまで、ハンナと一言も会話することはできなかった。
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