第九話 努力の結晶

奏でられる角音の音。


そう、破砕の角音だ。


「嘘! あの落ちこぼれが……! 浮遊の角音だって全然だったじゃない!」


キラリエの驚嘆が聞こえる。


しかしそれとは反対に、ミウの角音は確実に力を持って、ホール全体に響き渡るように奏でられる。


それと同時に、石ころに小さな亀裂が走る。


(いける!)


さらに角笛に息を吹き込むミウ。


亀裂はどんどん大きくなっていく。


「ど、どうしてですの⁉︎ 角音が出せるようにはなってたけれど……!」

「どうしてもこうしてもないわ。あの子が怠惰ではなかったというだけのことよ」


アカリは落ち着き払った様子でキラリエに答える。


それとは真逆で、ホールにどよめきが走っていた。


それもそのはず、その場にいる誰もが彼女が全く角音を扱えるはずがないと予想していたから。


「いいぞ、ミウ!」


ハンナの歓声が響く。


そして少しずつ石ころを亀裂が侵食していく。


そのヒビは決して綺麗なものではなかった。


けれど、彼女が破砕の角音を扱えていることも確かであった。


(いけっ……!)


しかし角音の力が弱すぎるのか、思ったように簡単に割れてはくれない。


これを砕けなければ、破砕の角音を完全に扱えているとは言えないのだ。


(私ならできる! 自分に自信を持って! 私は角音を扱えるようになったんだから!)


スィーヤが角の調子を整えてくれた、あの日から。


完全にコントロールは出来ていないものの、全く角音が奏でられないという状況は脱したのだ。


だからこそ。


だからこそ、あとは練習に練習を重ねた二ヶ月間が、彼女の成功を形作るのだ。


(私は退学なんてしない! 私は……もっと角音を学ぶんだから!)


さらに吐息を吹き込む。


角音の力を、もっとコントロールして。


目の前の石ころに、全てをぶつける!





────そして、石ころはボロボロながらも亀裂通りに砕け散る。





「ふ、あ」


石ころの破片が、視界の端へと転げ落ちる。


「……やっ……」


ハンナの声が、聞こえる。


「やった……ミウ!」


その声は、大きくホールに響き渡った。


「出来たわね、ミウ……!」


ジニーナ先生はホッと胸をなで下ろす。


ホール中にどよめきが走る。


そしてアカリは表情一つ変えない──いや、少し口元が笑んでいるようにも見える。


「な、な……そんなのありえませんわ! あの落ちこぼれが……!」

「ざまーみろ、くそったれ! ミウだってやりゃあできるんだよ! おーい! やったなミウ!」


その様子に、硬直していたミウがはっと我に返る。


足元に転がっている石ころの欠片を見直しながら、感情が高まっていくのを感じる。


(私……やったんだ……!)


そして、そこでやっと気が抜けた。


口元に、角笛が残ったまま。


「私、やっ……」


刹那。


ミウの角音のコントロールが、手放される。


「ばっ、ミウ……」

「あっ」


刹那、角笛から放たれたのは、角音によって引き起こされる破砕の嵐だった。


音色が破壊の色を持った破砕の角音は、ミウの大きすぎる・・・・・出力によって全てを破壊する力へと変貌した。


それはミウから見て真正面の、石ころをさらに超えた先の床を次々と破壊する。


まるで地面を巨大な刃が走っているかのごとく。


そしてそれは老教師ともう一人の教師の間スレスレを通り抜けると、その後ろの分厚い壁へと辿り着き────その分厚く巨大な壁に、どでかい大穴を開けて終わった。


たった、一瞬の出来事だった。


「…………」


その様子を、最初は誰しもが認識できなかった。


数秒の間を置いたあと、二人の教師がその破壊の跡にゆっくりと目をやり……。


「「っ‼︎⁉︎」」


それと同時に、ホール内の全員から驚愕と悲鳴が上がる。


アカリは若干目を丸くしたのちに、呆れながら呟く。


「……最初の一週間、噴水にいなかったのは……これが原因なのね」

「あらららら……」

「な、な……こ、れは……キュウ」


目の前の現実についていけず、目を向いたままぶっ倒れて意識を失うキラリエ。


それと同じように、ミウも大慌てのまま言葉にならない弁解を続ける。


「あ、や、その! ご、ごめんなさい! で、でもこれ! か、壁も……! ど、どうえおおわおあわわわわ……」


緊張が急に彼女の喉元を締めるように現れる。


そう、彼女が角音を使えるようになってからの課題はこれだった。


あの日、角音を使えるようになったあの朝、制服とシーツを遥か彼方へ吹き飛ばしてしまったように──今度は、気を抜くと角音の威力が尋常ではなくなってしまう。


絶対にやってはならないと思っていたのに──ホールの壁には、向こう側の太陽が綺麗に見えるほどの大穴が空いていた。


「ど、ど……そ、そうだ、まだ、まだ浮遊の角音が、そ、そういえば……」

「ばか、ミウ落ち着……!」


もはや緊張のあまり、ミウの意識は正常ではなかった。


目をパチクリさせたままこちらを見る審査員二人の視線と、自分が引き起こした大惨事のあまり、混乱に混乱を重ねてしまっていたのだ。


そしてミウは角音の制御なんて何処へやら、とにかく角笛で浮遊の角音を奏でてしまう。


すると、ミウの身体はゆっくりと浮かび上がり……。


「ほ、ほほほほら! 浮遊の角音もばっちりぅわあっ⁉︎」


否、もはやそれは床からの射出に等しかった。


まるで打ち上げ花火か何かのように、ミウの身体は勢いよく真上に飛んでゆき──そして、天井と思い切り衝突する。


「ぐえっ……!」


頭を思い切り打ち付け、ミウの意識が薄れる。


「ぁ……」

「おい、ミウ!」


勢いよく駆け出すハンナ。


空中で意識を失ったミウは、頭を下に向けながら床へと叩きつけられようとしていた。


そして落ちようとしているのは、破砕の角音でボロボロに砕け、破片や折れた木材の先がむき出しになっている床だった。


ハンナはそれを受け止めようと飛び出したが、


「危ないわよ、ハンナ」


アカリが既に、浮遊の角音を奏でていた。


ミウの身体はふわりと勢いを抑え、そのまま吸い寄せられるようにアカリの腕の中へと収まった。


「おわっとぉ⁉︎」


ハンナはというと、飛び出した勢いで破片むき出しの床へと飛び込みかけて、なんとかギリギリで踏みとどまっていた。


「あっぶな……。おいアカリ、角音使うなら先に言えっての!」

「あなたが勝手に飛び出したんでしょう」


文句を言うハンナに、呆れた様子で答えるアカリ。


彼女はミウを腕の中に抱きかかえたまま、審査員の教員たちに呼びかける。


「頭を打ったようですのでローレニィさんを保健室に連れて行きます。すぐに戻ります」

「わ、わかった」

「おい、このぶっ倒れてるくそったれはどうすんだ」

「気絶してるだけよ、放っておきなさい」


ハンナに頬をつんつんされているキラリエには目もくれず、アカリはミウを連れてホールから飛び出した。



◆ ◇ ◆



第一学年全員がホールに集まっている事もあって、廊下にあまり人はいない。


ただ、破壊された壁側の方には破壊音を聞きつけて多くの生徒や教師が集まっているようだ。


「全く……変な子ね」

「そうだね。君と同じだ」


アカリが呟くと、廊下の奥から声が聞こえた。


そこにいるのは、糸目で表情の読めない第二学年の少女。


「……あなたは」

「気付いていたんだろう、アカリ? 彼女も君のように、中に得体の知れないもの・・・・・・・・・を飼っている」


何かを知っているように首を傾け、アカリの腕の中で眠るミウの髪に触れるスィーヤ。


「ええ。どうしてかはこの子も理解していないようですけれど」

「非常に興味深いなあ。角音考古学の観点からしても本当に興味深い」

「……そういう見方をしないでくださいますか? 私もこの子も、同じ角人の一人です」


表情の読めない糸目のスィーヤをきっと睨み付け、アカリは語気を強めてそう告げる。


「ごめんごめん。今のは研究家としての言葉だよ、忘れてくれ」

「……学院長・・・の立場にある人として、そのような発言は控えてください。それでは、この子を保健室に連れていくので」


軽く頭を下げ、ミウを抱き抱えたままスィーヤの横を駆け抜けていくアカリ。


そんな彼女の後ろ髪を見やりながら、参ったという風に頭を搔く。


「手厳しいなあ。ミウの純真さに触れたくなってくるよ」


彼女の青リボンが、小さく揺れる。


スィーヤ・ゴロネィトン。


その仮の名を語る彼女こそ────この学院の長であり、同時に角音考古学の権威でもあった。


「それに、学院長ってのは柄じゃないんだ。僕はあくまで、真理を追い求める者なのだから」

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