第八話 初期実技試験
────そして二ヶ月後。
静寂の中、ミウは息を飲む。
学院の内で一番大きなホールには、角音学院の第一学年の生徒数百人が一堂に集まっている。
それでもがらんどうに見えるほどに大きなホールの真ん中では、ハンナが試験を受けている最中だ。
「それではハンナ・リロニィーナ、始めなさい」
ホールの中央で一人立つハンナ。
それを見やるのは、審査員として立つ二人の教員。
また、ミウの様子を見るためにジニーナも少し離れた場所に立ち会っていた。
「ハンナ……」
二人しか審査員がいないというのに、その場には強い重圧の雰囲気を感じるミウ。
この《初期実技試験》ではA~Dで生徒の実技が評価され、D評価であれば脱落、そのまま退学となってしまうからだ。
しかし、ハンナはそんな雰囲気を何とも思っていないかのように、皆と同じ角笛を唇に近づける。
ハンナの手の中には、生徒全員に渡された手のひらサイズの石ころが手渡されている。
それをハンナは上に掲げながら、破砕の角音を奏でる。
「……それじゃ、始めんぜ?」
すると、ハンナは何とその石ころを上空に投げ飛ばす。
「え……」
「見とけよお前ら! あたしが一番派手にやってやる!」
ハンナは角音を奏でた角笛の先を空に向けて掲げ、手首を振るう。
すると、角笛はぼんやりと光り、そこから先ほどの角音が大きく反響して響き渡る。
「角音が遅れて……しかも、たくさん重なって……!」
「角音の溜め込みと放出ね。本来ならこの試験の後に習うテクニックだけれど」
「あ、アカリ……さん」
ミウが驚いていると、隣に佇むアカリが呟く。
実技はもちろん、知識もずば抜けた才覚を持つ彼女は、ハンナの技を見ても驚くことなく、むしろ何かを学び取ろうとするかのようにまじまじと見やる。
「さあ、まだ終わってないぜ!」
そして、ハンナは角笛を大きく振るう。
それは放った破砕の角音を角笛に纏わせるような動作だった。
「……角笛に破砕の角音を吸いつけて属性を付与させたわね。なんて回りくどい」
「うるせーぞアカリ! これから驚かせてやんよ!」
アカリに舌を出して挑発してから、ハンナはさらにもう一つの角音を奏でる。
この試験でもう一つ見られる角音。
つまり────。
「浮遊の角音だ……!」
ミウは、思わず呟く。
すると、ハンナの身体はふわりと浮き上がる。
それはまるで、魚が水の中を泳ぐがごとく。
ハンナの運動神経もあってか、彼女は自由自在に空中を浮き上がり、移動する。
「そら! もっと行くぜ!」
彼女が渦を巻くように空を泳いだ先には、先ほど投げ上げた石が浮かんでいた。
「あの子、最初から石に浮遊の角音をかけていたのね。でなければこんな長く石が滞空するはずがないもの」
アカリは冷静に分析しながら呟く。
ミウは、もはやハンナの華麗な姿に見惚れるのみだった。
「そして破砕の角音で粉々だ!」
それは、まさにショーだった。
最初に破砕の角音を帯びた角笛で、浮かぶ石ころに触れる。
すると石ころは大まかに砕け散り、いくつかの欠片になる。
ニヤリと笑うハンナ。
彼女は渦巻き上に空を泳ぐと、次々と欠片に触れていく。
「ほらほらほら!」
角笛に触れられた石ころは次々に砕け、それらは触れられてまた砕ける。
「すごい……ハンナ!」
ミウは思わず感嘆の声を上げる。
そしてハンナが床に着地すると、彼女の手のひらが上に向けられる。
浮遊の角音で操作された欠片たちが、まるで吸い込まれるように手のひらへと舞い降りた。
それは砕かれ続けて、すでに砂のようになっており、手のひらの上で小さな砂の山を形作っていた。
「フィニッシュ」
わっ、と歓声が上がる。
いつもはハンナを馬鹿にする他の生徒たちも、その姿には驚きの表情を隠せない。
ミウも思わず彼女に駆け寄り、抱きついてしまう。
「すごいよハンナ!」
「うわっぷ」
「本物の角奏者みたいでかっこよかった!」
ミウの目は、今のハンナの姿を見て思わず煌めいていた。
ホールを埋め尽くす第一学年の生徒も、皆驚きと簡単に満ち溢れている。
これはきっとA評価をもらえるはず────。
「C+じゃの」
「「えええええええーっ⁉︎」」
驚きのあまり声がシンクロする二人。
「んでだよコラァ! 最の高だっただろうが目が腐ってんのかコラ!」
「ちょちょちょ、ハンナ落ち着いて……。で、でも何でですか? すっごく綺麗でかっこいい角音の使い方だったじゃないですか!」
「二人とも落ち着け。……そもそも、これは基本的な学習の結果を披露するための試験じゃ。別に曲芸をしろとは申しておらん」
審査員の中でも老いた方の教員が、そう答える。
ハンナが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、さらに老教員は評価を口にする。
「加えて試験前にあらかじめ角音をかけていたこともマイナスじゃな。幸い実技の質は高かったからまあ……こんなもんじゃろ」
「チッ……まあ、合格なだけいいか」
C+と書かれ、具体的な評価が記された紙を差し出す老教員。
ハンナはそれを気分悪そうにひったくると、そのまま大勢の生徒たちの中へ戻っていく。
(あんなにすごい角音を奏でてもC+……私も頑張らなくちゃ)
「次!」
「はっ、はい!」
もう一人の教員の言葉に思わずビクつきながらも、ホール中央に立つミウ。
右手には角笛、左手には支給された石ころ。
やるべきことは二つ。
破砕の角音で石を割ることと、浮遊の角音で空へと浮き上がること。
「あら、出来損ないが退学する瞬間が見られるそうよ。楽しみねえ、アカリ」
ミウがホール中央に立つのを見て、小馬鹿にするように嘲笑うのは──そう、キラリエ。
彼女はアカリの隣に立ち、ミウが絶望するのが楽しみとでも言うように笑う。
「……悪趣味だこと」
「あらそう? 怠惰で弱き者が道を外れるのは至極当然なのではなくって?」
「ええ、そうね。
何かを含んだように、アカリは呟く。
「あら、随分とあの子の肩を持つのねアカリ。選ばれし者の余裕かしら」
「ごきげんようくそったれ。うちのルームメイトにご執心みたいで」
その言い合いに一言申してやろうとでもいうように後ろから現れたハンナは、キラリエの肩を掴む。
「はっ! 下賎な者が私に触れないでちょうだい! 大体あなた、散々カッコつけておいてC+だなんて、さすがあの落ちこぼれとつるんでいるだけありますわね!」
「お前だって粋がってる割にB+だろうが! 何アカリと同等みたいなツラしてんだゴラァ」
「んがっ」
不意をつかれたように、ハンナの言葉につんのめるキラリエ。
不毛な言い争いを続ける二人を、アカリはため息をつきながら静止する。
「黙りなさい二人とも。試験が始まるわ」
「ふ、ふん。どうせ退学ですわ、た・い・が・く!」
「さて、それはどうかな? ミウも最近は調子いいからな。やってやれ、ミウ!」
そんな言い合いを遠くからチラリと眺めるミウ。
「あ、ははは……」
しかし、それは良い方向に働いたかもしれない。
ミウの中の緊張が、一気に解きほぐれていく。
右手に持つ角笛が、何だか馴染むような気すらしてくる。
「それではミウジカ・ローレニィ。始めなさい」
大丈夫。
自分を信じて。
ミウの視界の端で固唾を飲んで見守るジニーナが、背中を押してくれるような気がした。
「────いきます!」
左手に乗っている石ころを掲げ、ミウは角笛に吐息を吹き込んだ。
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