第3話 「まあ愛に生きて」

 火花を刹那散らせ

 さいわいなことり

 火花を小鳥幸せ

 ちらせよせつな



「まあマスターも愛に生きて」



 そう言って、喫茶店を出ていく。マスターはマチコの言葉にいつもどおり微笑みながら呟いた。



「僕はまだまだだめだよ」



 マスターの目の前、カウンターにはいつものようにツキが座っていた。先程マッチをすってロウソクに火をつけた、けれどもマチコの目にはツキの姿が見えなかった。マチコは大人になったのだ。もう子鬼になる心配はない。



「マスター」


「ツキ?だめだよ」


「オレはやっぱりだめだ」


「違うツキじゃないんだ、僕がまだまだなんだよ」


「もうここには来ないから安心してくれ」


「待って」


「大丈夫だ。何もしない、もともと何もできない」



 ツキはゆっくりと椅子から立ち上がる。ついこの間までテーブルで遊んでいた小鬼はいなくなっていた。いつだったか小鳥を追いかけに行ってそのままだ。マチコが子鬼にならなくてよかったのだ。愛を知らないこどもはしばらくすると子鬼になってしまうことがある。時々ある。



「ツキのおかげで彼女は」


「いいんだ。なにもオレだけじゃないマスターもいた」


「君もいた、たしかにいたんだ」


「ありがとう」



 刹那彼はその大きな体をどこかへ消した。マスターは彼が本当に消えたわけではないことをよく知っていた。きっとまたどこかで縮こまるようにしてひっそりとしているんだろう。大事な常連客だったのになあ。マスターはロウソクの火を吹き消した。



「憂鬱だ」


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