「また会いに来たよ」
無月弟(無月蒼)
第1話
うだるような暑さの、七月のある日。どこからか聞こえてくる時報が、お昼の12時になった事を告げる。12時で、良いんだよね?念のためスマホで時間を確認したけど、やっぱり間違いない。
だけど12時に会う約束をしていた待ち人は、未だ現れない。もしかして、場所を間違えちゃったとか?
私が今いるのは、駅の南口。確か南口で、合っていたはずだ。いや、もしかして勘違いで、本当の待ち合わせ場所は北口だったとか?確か貰ったメールに、待ち合わせ場所が書いてあったはず。慌ててスマホをタップしようとしたその時。
「すまない
「
ポンと肩を叩かれて振り返ると、そこには由美の姿があった。
由美。気が弱くて人見知りだった私に構ってくれてた、大学時代からの親友。長身でキリッとした目。町ですれ違ったら思わず振り返ってしまいそうな淡麗な顔立ちは、今でも健在だった。
あ、でも化粧の仕方が、ちょっと変わったかも。前はもっとナチュラルメイクだったけど、今では洗練されている気がする。
けどやっぱり、由美は由美だ。私の名前を呼ぶそのハスキーで暖かな声は、あの時と何も変わらない。
「ふふっ。夕子、また会いに来たよ」
「久しぶりね由美」
思わず手を取り合って、再会を喜び合う私達。
本当に久しぶり。最後に会ったのはいつだったっけ?その時よりも、ちょっとだけ痩せたみたいだけど、ちゃんとご飯食べてるのかな?食べてるよね。由美はしっかりしているもの。
学生の頃は毎日のように顔を合わせていたのに、今ではこうしてたまに会う程度。だけど会えばすぐにあの頃に戻る事ができる。それが私と由美なのだ。
「今日はありがとう、夕子。悪いね、忙しいのに、急に会いたいなんて連絡して」
「良いのよ。私も久しぶりに、由美に会えて嬉しいもの。由美、あれからどうしてた?今仕事はどう?やっぱり、毎日忙しいの?」
「ふふっ、そんなにいっぺんに聞かれても、答えられないよ。とりあえず、どこかお店に入ろうか」
いけない、由美に会えたことが嬉しくて、ついはしゃいじゃってた。私達はとりあえず、近くのレストランに入って昼食をとる事にする。
お店まで歩く傍ら、私は一昨日、由美から電話がかかってきた時の事を思い出していた。「今度の土曜日、仕事が休みなんだけど会えないか」、そんな事を、由美は言ってきた。ずいぶん急だなと思ったけど、せっかく久しぶりに会えるチャンスなのだ。私は二つ返事でOKして、ワクワクしながら今日が来るのを待っていた。
大学の頃から姉御肌で、男よりも女にモテていた由美。気が弱くて、話をする友達もいなかった私に声を掛けてくれて、サークルに誘ってくれたのは彼女だった。
性格は正反対何だけど、何故か気が合って。当時は何をするにも、由美と一緒だったことを覚えている。
由美がいてくれたおかげで、私は色んな人と出会えた。今の旦那だって、由美が誘ってくれた天文サークルで知り合って、付き合い始めたのだ。
付き合うことになった時、私は真っ先に、その事を由美に打ち明けたっけ。そして由美は、まるで自分の事のように祝福してくれたっけ。
『夕子と付き合えるだなんて、彼は幸せ者だな。だけど私は、少し寂しいかも。これから夕子は彼に構いっぱなしで、きっと私と過ごす時間は減っていくのだろうな』
『ええっ⁉そんなことないよ。彼氏も大事だけど、夕子の方が大事だから。もし夕子に何かあったら、彼氏なんて放って置いて駆けつけるからね』
『はははっ、それでは彼が可哀想だ。けど、ありがとう』
こんな感じで、笑い合っていた。
レストランで席に座って。スパゲティを食べながら、そんな当時の事を話してみる。
「あったねえ、そんな事。そう言えば、彼は今日どうしているんだ?」
「今日もお仕事。本当は由美に会いたいって言ってたんだけどね」
そう言いながら、そっと左手の指輪に触れてみる。彼と結婚したのが二年前。思えばその時も、由美は誰よりも喜んでくれていたっけ。
「そう言えば、由美の方はどうなの?彼とは、もうそろそろそう言う話は無いの?」
夕子には交際三年目となる彼氏がいる。そういえば私の方が先に結婚するだなんて、学生の頃は思いもしなかったなあ。由美が私たちの結婚を祝福してくれたように、夕子が結婚する時は、盛大にお祝いしてあげよう。そう思ったのだけど……
今まで笑っていた由美の表情に、そっと影が落ちた。
「それなんだけどね。実は彼とは、別れたんだ」
「……えっ?」
一瞬、由美が何を言っているのか分からなかった。別れたって、どうして?あんなに仲良かったのに?
すると私が思っている事を察して、由美はぽつりぽつりと語りだす。
「別に大したことじゃないんだ。よくある気持ちのすれ違いだよ。私も彼も、お互いの仕事に誇りを持って頑張っていた。だけどそのせいで、会う時間が無くなっていって、だんだんと心が離れて行った。それだけの話さ」
それだけって……
サラッと話してくれたけど、ずっと好きだった人と別れて、平気なはずが無い。すると由美は、またも私の心を読んだように、笑顔で話してくる。
「そんな泣きそうな顔をしないでくれ。私は平気だから。お互いがやりたい事の足かせになるくらいなら、別れてしまった方が良いってね。それに、何も悪い事ばかりじゃない。おかげで自由な時間が作れるようになって、こうして夕子と会う事ができるんだから」
自由な時間。今日こうして私と会っている時間は、少し前まで彼氏と過ごすためのものだったと言う事か。
けど本当に、辛くはないの?口では強がっているけど、何だか無理しているみたいに見える。そもそも、今日こうして会いに来たのは何故?本当は一人でいて、寂しいって思ったんじゃないの?だからこうして、訪ねてきたんでしょ。
いつも明るくて、強かった由美。だけど今はそんな由美が、酷く弱々しく見える。
どうして平気だなんて嘘をつくの?辛いなら辛いって、ちゃんといって欲しいのに。だけどよく考えてみたら、由美が私に弱音を吐いたことなんて無かった。泣き言を言うのは、いつも私の方。由美はそんな私を、いつも優しく元気付けてくれていたっけ。
なのに私は、何もできていない。由美が悲しんでいると言うのに。由美はどうして、私を訪ねてきたの?ただ一緒に、ご飯を食べる為じゃないでしょ。本当は辛くて悲しくて、誰かにその気持ちをぶつけたくて、それで来たんじゃないの?
だけど由美は、この話は終わりと言わんばかりに、最近見た映画の話に話題を変えてくる。私もそれに合わせてはいたけど、何を話したかなんて覚えていない。こんなの、今までには無かった事だ。
結局モヤモヤとした心は晴れないまま、私達はレストランを出る。
「さて、次はどこに行こうか?一緒に服でも買いに行く?昔みたいに」
まるでさっきレストランでした話なんて忘れたように、次の話題を振ってくる由美。
これじゃあ何だか、私の方が気にしているみたい。もしかして余計な事は忘れて、話を戻さない方が良いのかもしれない。だけどそう考える一方で、やっぱりこれじゃあだめだと思う自分もいる。
女同士なんだし、変な気を使わないで。また昔みたいに何でも話してほしいって心の中で何かが叫んでいる。だから、だから私は……
「ねえ由美。実はちょっと、行きたい場所があるんだけど、良いかな?」
「行きたい場所?夕子の方からそう言ってくるだなんて、珍しいな。私は別に構わないよ」
「ちょっと遠くて、帰るのが夜になるかもしれないんだけど、それでも大丈夫?」
「いったいどこへ行く気なんだ?私は明日も休みだから、遅くなっても構わないけど、夕子の方こそ良いのか?旦那さん、心配しないか?」
「良いの。由美と一緒にいるって言ったら、きっと納得してくれると思うから」
由美の言う通り、旦那にはちょっと悪い気もしたけど、後で電話して謝っておこう。
かくして由美の承諾を得た私は、近くでレンタカーを借りて車に乗り込んだ。これは私にしてはかなり大胆な行動で、由美は目を丸くしている。
「本当、いったいどこへ行く気なんだ?」
「いいから。由美は黙って乗っててよ」
「了解。夕子がそう言うなら、どこへでも付き合うよ。それに、ちょっと楽しみかも。夕子が運転する車に乗るの、考えてみたら初めてだし」
「そう言えばそうね。由美、シートベルトはしっかりつけておいて。それと、走り出したら喋らない方が良いわ。私自身は自覚無いんだけど、私の運転する車に乗ったら舌をかむって、皆言うのよ」
「は?ちょっと待て夕子、それはいったいどういう……ぐうっ⁉」
アクセルを踏んで走り出した途端、由美がおかしな声を出した。もう、だから喋らないでって言ったのに。
「ゆ、夕子。一応確認するけど、君はちゃんと免許を持っていりゅ……んだよね?」
「何言ってるの、そんなの当り前じゃない。ただ、危ないから絶対に運転するなって言われてて、結婚してからは初めてハンドルを握るんだけどね」
「君が結婚したのって、二年前だよな?ただでさえ危ないって言われてたのに、そんなに運転してなかったりゃ―――――っ⁉」
「喋らない方がいいよ!舌を噛むらしいから!」
私はハンドルを強く握り、7月の町の中を駆け抜けて行った。
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