第81話、教祖という男

 イヴはその身体に似合わぬスピードで、廊下を猛然と走り抜けていきます。

 私と遊は、それに見失わないようについて行くので精一杯でした。

 そもそも、この建物自体が複雑な構造になっているようです。

 まるで迷路のように、廊下は入り組んで枝分かれを繰り返していました。

 さながら、茨の迷路を追いかけるアリスとトランプの兵隊たちのような……。

 そんな奇妙な感覚になりながらも、追いかけっこを続けていると、前方に人だかりができているのが目に入りました。


「教祖さま、この歌声はいったい……」


「馬鹿者、ただの挑発か囮だ。門の警戒を万全にしておけ」


「はい、仰せの通りに」


 白い服の集団は、何やら慌ただしい様子で話しをしています。

 中でも中心にいる年配の、大柄な人物が目を引きました。

 一際上等な衣を纏ったその人物は、カリスマ性というのでしょうか、並々ならぬ存在感を放っています。

 厳しい顔には、人の上に立つ者に特有の重責と過労によるやつれが見られました。


「万全を期してゾンビを放っておけ。特に調教された奴を。龍崎相手には、どこまで慎重になっても足りないくらいだ」


「ゾンビを……ですか? まだ日が暮れていないのに」


「日光に耐えられるように強化したタイプがいただろう。あれを使うんだ」


 その言葉に、周りの白服たちは困惑した表情を浮かべます。


「しかし、あれは実験中で、とても実用段階では……」


「なんのために、こんな研究に手を染めていると思っているのだね、キミは」


「それは、我々の地上の楽園を築くために」


 それを聞くと、大柄な男はジロっと睨みつけて言いました。


「それならば、手段を選ぶな。すべては神命によるものだ。……ただ、くれぐれも一般の信者には見つからないようにな」


 最後の一言は声を潜めて、ほとんど聞き取れないくらいの大きさになっていました。

 どうやら、私はこの団体の幹部たちの密談を聞いてしまったようです。

 そのとき、私の正面を走っていたイヴがスピードを落とさず、そのまま白い服の人々の間を抜けようとしました。


「おい、小娘! 教祖様の御前を通り抜けるなどと無礼な!」


 幹部の一人が、怒鳴りながらイヴの前に立ちふさがります。

 行き先を塞がれたイヴは、その場にすてんと尻もちをついてしまいました。


「もう、何をするのよ! おじさん!」


 スカートのすそを整えながら、イヴは白服たちを睨みつけます。


「まあ、またんか。見れば、年端のいかぬ娘だ。そう青筋を立てることも……」


 柔和な表情を作って、手を差し伸べたのは教祖と呼ばれていた年配の男でした。

 しかし、彼の手は、イヴの顔を見るとそのまま空中で固まります。


「お前は……まさか、最初の女性、人類の母……」


 かっと見開かれた目は、恐ろしいものでも見るようにイヴを凝視していました。


「……教祖様?」


「まさか、我々はずっとあのモノケロスという奴らに謀られておったのか……」


 そう呟く声は異様に震えて、まるで老人のようでした。

 突然、教祖はイヴの薄い肩を掴みかかるとこう言いました。


「私が、私がアダムだ……ようやく見つけたぞ。イヴ、我が妻よ……」

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