第80話、妹と兄

「ええと、私はたしかに日比谷学の妹ですけど。何かバカおにぃ……じゃなかった、兄が悪いことでもしましたか?」


 日比谷遊は私に、不安そうなまなざしを送りながら言いました。


「えっ? 悪いことって……」


「あの兄は、かなりスケベでエッチでド変態ですけど、でも犯罪を犯すようなやつじゃないんです! 信じてください!」


 首を傾げる私に向かって、遊は懸命に主張し始めます。


「あっ、私こんな格好してるけど警官じゃないわよ。だから、あなたのお兄さんが逮捕されたとかそういうのではないから」


 自分の服装を思い出して、やっと全てを察した私はそう説明しました。

 どうやら、遊は私を見て兄が逮捕されたのだと思ったようです。

 名前を出しただけでそんな心配される兄って、いったいなんなのでしょう……。


「えっ? じゃあ、あなたはなんでそんな格好しているんですか?」


 遊は私の婦警コスプレを見つめて、不審そうな目をします。

 本当に、なんで私はこんな格好しているんでしょうか?

 メタ的なことを言うと、ふつうなら舞台転換とともに衣装も元に戻るのが一般的だと思うのですが。


「……ええと、この服装は趣味です」


「もしかして、お兄の趣味? お兄にそんな格好させられて、あんなことやこんなことをさせられてるんじゃ……」


 途端に、遊の顔は真っ赤になりました。


「それは、誤解! 日比谷くんとは、そんな関係じゃないから!」


 必死になって否定する私。

 でも、日比谷くんも喜んでたし、そういう趣味なのは事実なのでしょう。


「日比谷くんには、色々と助けてもらったのよ。あなたのお兄さんには、私はとても感謝しているわ。命の恩人だもの」


 そう言って、私はお守りのように大事にしていたコインを遊へと手渡しました。

 初めて、キャンプ場でゾンビに襲われた私の命を救ったあのコインです。


「あっ、これ私の……そっか、お兄が拾ってたんだ。ええと、ふつつか者の兄ですがどうかよろしくお願いします」


 コインをポケットにしまうと、遊はそう言ってぺこりと頭を下げました。

 その挨拶はどうしたものかとは思いますが、私もつられてお辞儀をします。


「私は、名取早希と言います。遊ちゃん、これからよろしくね」


「早希さん。その……お義姉さんって呼んでいいですか?」


 遊の発言に今度は私が真っ赤になります。


「えー、それはまだ早い……じゃなくて。その……ええと、ふつうにお姉さんでいいんじゃないかな?」


 しどろもどろになって訂正しますが、義って発音しませんよね、この場合。


「それでお兄はどこにいるんですか?」


「日比谷くんも、たぶんこの建物のどこかに運ばれているんだと思うけど……」


 その時です。

 突然、私の耳に歌声が聞こえてきました。

 あの、詩野愛の声です。

 ファンである私には、聞き間違いようがありません。


「何……この歌?」


 遊はあたりを見回しました。

 その歌声は、遠くから響いているようです。


「どこかで彼女が歌っているんだわ」


 それまで黙っていたイヴが、それを聞いて顔を上げました。


「クロネコが、私を呼んでいるんだわ。私、行かなくちゃ!」


 イヴはまるで兎を追いかけるアリスのように、廊下を走り出しました。


「あっ、待ってよ。イヴちゃん! 一人じゃ危ないわよ!」


 私と遊の二人は突然のことに驚きながらも、イヴの背中を追いかけました。

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