第77話、束縛系彼女

「ほら、あーん」


 満面の笑みの瑠花が、粥の盛られたスプーンを俺の顔に近づける。


「ほら、日比谷。あーんしろよ、あーん」


 頬を突っつかれて、俺はしぶしぶ口を開く。

 口の中に放り込まれた粥は、溶岩のように灼熱の温度だった。


「うわっ、アチチ! 何すんだよ!」


「なんだよ、そのリアクションは。飛び上がるほど美味かったのか?」


「ちげえよ。口の中、火傷してんだよ!」


 俺がそう叫ぶと、瑠花は不思議そうにスプーンを見つめて、ふーふーと息で冷まし始めた。


「これでどうだ、日比谷」


「……っていうか、この状況なんなんだよ? なんで、俺はこんな拷問を受けてるんだ。捕虜への拷問は国際法違反だぜ」


 依然として、俺の両手両足は縛られて自由を奪われたままだった。

 その状況に慣れたのか、一方の瑠花はどんどんノリノリになっている気がする。

 コイツ付き合ったら、そうとう彼氏を束縛するタイプなんじゃなかろうか。


「拷問とは、人聞きが悪いな。まだ、拘束を解いていいって許可が出ないから、アタシがこうやって手伝ってやってるんだろ?」


「それにしては、待たせるじゃねえか。俺はそんなに危険人物扱いなのか?」


 かれこれ半日はこうして、監禁されていることになる。

 そろそろ色々と限界に近づいていた。


「いや、どうも騒ぎがあちこちで起こっていて、対応が遅れてるらしいんだ」


「でも、大丈夫なのか? そろそろ日没の時間だろ、ゾンビに襲われたら洒落にならないぜ」


 部屋にひとつある窓からの光はほとんど弱まっていて、電灯の明かりが点っていた。

 どうやらこの施設は、自家発電もしているらしい。


「それは問題ないよ。この場所は、高い塀でぐるって囲われているんだ。ゾンビは入って来れない。ショッピングモールの時よりもずっと安全だよ」


 瑠花はそう太鼓判を押す。

 それなら、心配はないのかもしれない。


「なんだよ、浮かない顔して。ほら、夜もアタシが付きっきりでいてやるから、安心しろよ」


 瑠花は鬱陶しいくらい、世話を焼いてくる。

 しかし、ちょっと様子が変じゃないか?

 たしかにコイツはツンデレだが、さすがに今の瑠花はデレデレし過ぎだ。

 羽目を外しているというか……。

 無理をして振舞っているかんじだ。

 例えば、久しぶりに再会したという離婚した父親のことだ。

 それで、不安定になった気持ちを俺に構うことでやり過ごしているのかもしれない。


「……おい、瑠花。ちょっといいか?」


「なんだよ、そんな改まって」


 妙に愛想よく瑠花は、俺の顔を覗き込んで聞いてくる。


「ほら、ずっと縛られていてさ。生理現象というか、そろそろ限界なんだよ。……トイレに、行かせてくれないか?


「そうか。待ってろ、今持ってくるから」


 俺の言葉を聞いた瑠花は、腰を浮かす。


「えっ、持ってくるって……何を?」


「何って、尿瓶だよ尿瓶。それにさせてやるから、もう少しだけ我慢しなよ」


 ……はっ?

 尿瓶って、それは俺のアレを瑠花がアレするってことなのか?


「なんでだよっ! なんでそうなるんだよ、俺たちそんな関係だったか?」


「恥ずかしがるなよ。アタシと日比谷ならそれくらい問題ないだろ」


 そう言って、瑠花は尿瓶を取りに奥の部屋に行ってしまう。

 いや、問題あるだろそれ。

 あからさまに、貞操の危機だ。

 というか、俺の男としての実存の問題だ。

 どうにかして、瑠花が尿瓶を持ってくる前に逃げ出さなくては……。

 俺は縛られたままの両足に力を入れると、腹筋の反動で起き上がった。

 大丈夫だ、なんとか動ける。

 俺は緊縛状態のまま、よちよち小刻みに足を動かして部屋の出口へと向かった。

 よし、どうにかうまく瑠花の目を逃れることができそうだ。

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