第76話、猫と語れば
「なんだ、お前。あんぐりと口を開けて。……ふん、そんなに話す猫が珍しいか」
黒猫は私の顔を見つめると、偉そうな口調でそんなことを言う。
「珍しいっていうか……べ、べつにビビってなんかないんだから!」
私は思わず、そう言い返す。
嘘だ、内心めっちゃビビっている。
ビビりすぎて、ツンデレテンプレみたいになってしまったほどだ。
「まあいい。小娘、俺に協力しろ」
黒猫の言葉に、私はすぐさま反応した。
「協力って、あんたと契約して魔法少女になんて絶対ならないんだから! 私をそんな安い女だと、思わないでよね!」
たいていそういう甘い話には、裏があるに決まっている。
「……ふん。勘違いしているようだが、小娘。お前、アニメの見すぎなんじゃねえか? 俺は、魔法少女アニメの鬼畜系マスコットキャラじゃねえぞ」
いや、話が通じているってことはあんたもじゅうぶんアニメ見てるじゃん、と思うが口には出さずに飲み込んだ。
……コイツ、魔法少女アニメなんて見てるのかよ、猫のくせに。
「お前には、あいつらに連れて行かれたイヴを取り戻すのに手伝って欲しいんだよ。いいか、あの集団そうとうヤバいぞ」
「そういうことなら手伝ってあげなくもないけど……いったい、私に何が出来るっていうのよ? 私はこんな可愛くて歌の上手い売れっ子アイドルだけど、か弱い美少女なのよ?」
ランボーとかマクレーンとかジャッキーのような活躍を期待されても、私には無理だ。
スタントマン付きなら考えてもいいけど。
「お前には、ゲリラになって外側から奴らを引き付ける役割になってもらいたい。注意がお前に向いてる間に、俺が内部に忍び込む」
「ゲ……ゲリラ? それ、なんかいい響きじゃないわね」
ゲリラっていう単語が下痢とかゴリラみたいで、なんか汚いかんじだ。
「そうか? 言い換えるなら、遊撃隊だな」
「うーん、しっくり来ないわね。アイドル感が足りないわ。そうだ、少女戦士でどうかしら。それか、少女革命ウタノとか」
「小娘、そのまんま過ぎるのはパロディとしてもさすがに許容されかねるぞ。最低限、もう少し捻れ」
あー、これも通じちゃうんだ……。
この黒猫、さてはかなりのアニオタだぞ。
「まあ、呼び方はどうでもいい好きに呼べ。それよりも意外だな。あっさり協力してくれるとは俺も思っていなかった」
黒猫は私の顔を、不思議そうな目付きで髭をヒクヒクさせながら見つめる。
「だって、あの男の子。アイツらに立ち向かおうとして、私の目の前で思いっきり殴られちゃったから。なんて言うか……心配なのよ」
「ほう、なるほど。パンツ見られた男に惚れるとは。……お前、わりとウブなんだな?」
黒猫は、急に変なことを言い出す。
「はあ? そんなわけないじゃない! 私、芸能人なのよ、当然ヤリまくってるわよ!」
「いや、処女だろ。お前」
「しょ……しょ処女、違うわ!」
真っ赤になって黒猫に言い返そうとするも、しどろもどろになってしまった。
「とにかく、よろしく頼む。俺の名前は、龍崎茂だ。これからお前を出来るだけ鍛えてやろう。覚悟するんだな」
「……よ、よろしく」
私は黒猫に歩み寄って、おもむろにその頭を撫でてみた。
猫の額は柔らかく、わずかにお日様の匂いがする。
「おい、その座り方だと、俺の位置からはパン丸見えだぞ。パンツ見せ女」
「見、見るなー! 猫のくせに、いちいち見えたこと報告するなー!」
スケベなことを言う黒猫を、私はそのまま思いっきり踏んずけた。
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