第73話、緊縛・監禁、そして

 俺の背後に立つ瑠花は、ただ無言のまま床に転がる俺を見下ろしていた。


「おい……バニーはどうしたんだよ?」


「開口一番それかよ! どんだけコスプレ気に入ってたんだよ、お前。もっと気になること他にあるだろうが!」


 あっ、ちゃんとツッコんでくれた。

 どうやら瑠花は、あいつらに洗脳されているというわけではないらしい。


「冗談だよ。ところで、早希や奏は? 他のみんなはどこにいるんだ? それに、俺はなんで縛られてるんだ?」


「他のやつらは心配ないよ。今は、別の場所にいるだけだ。アタシたちには、大人しくしてさえいれば手を出さないはずなんだ」


 俺の問いに、瑠花は答えていく。


「その手足の拘束は、……しばらくは我慢してくれ。アタシから自由になれるようにあいつらに頼んではいるから、直に解かれると思う」


「あいつら、何者なんだ? お前とはいったいなんの関わりがあるんだよ?」


 一番の疑問はそれだった。

 なぜあいつらは、瑠花を探していたのか。


「導きの樹。見た目どおりの怪しい新興宗教だよ。アタシは別に信者ってわけじゃないんだけど。アタシの離婚した父親が、やつらのなんて言うか……偉い人なんだ」


「……お前の親父が?」


 初めて聞く話だった。

 ……瑠花の父親が導きの樹の幹部?

 まったく思いも寄らない展開に、俺は思わず瑠花の表情を窺う。


「っていうか、離婚の原因が宗教だったんだな。それでアタシと母親の前からいなくなって以来、ずっと疎遠だった。まさか、アタシのことをまだ覚えていたなんて……」


 父親のことを話すとき、瑠花の顔にはわずかに照れ臭そうな色が滲んでいるのが見えた。

 疎遠にはなっていたものの、どうやら瑠花は父親のことをそれほど嫌ってはいないようだ。

 だからこそ、素直に従っているのだろう。


「お願い……少しの間はここにいてくれ。アタシの側にいれば、きっと安全だから」


 そう囁くと、瑠花はこちらへおもむろに手を伸ばした。

 そして、俺の着ているシャツのボタンを、ひとつひとつ外していく。


「……って、おい。何すんだよ?」


「何って、服を脱がしてるんじゃねえか」


 そう言うと、瑠花は小脇に抱えた包みをこちらに見せる。

 そこに入っていたのは、瑠花のものと同じ白い服一式だった。


「ほら、動くなよ。脱がしにくいだろうが! せっかくアタシが着替えさせてやろうとしてるんだから、大人しくしろよ」


 俺の身体の近くで、もぞもぞと手を動かしながらそんなことを言い出す。

 正直、とてもくすぐったい。


「何でだよ! 俺だって着替えくらいひとりでできるぞ!」


「幼児じゃないんだからそれは分かってるけど、手足縛られたままじゃ着れないだろ?」


 たしかに、この拘束された状態では日常の動作すらままならない。


「じゃあ、これ解いてくれよ!」


「それができないから、こうしてやってるんだろうが。日比谷、幹部のやつに飛びかかろうとしただろ? それで警戒されてるんだよ」


 そう説明しながらも、瑠花は俺の着替えに取りかかっていく。

 徐々に顕になっていく、俺の半裸。

 なんと言うか、クソ恥ずかしい。


「畜生! 意地でも抵抗してやる!」


「あっ、暴れるんじゃねえよ!」


 数分後、着替え終わるときには、俺も瑠花もすっかり息を荒くして全身に汗をかいていた。


「なんと言うか、育児ってこんなに大変なんだな……」


「いつから、俺はお前の子になったんだよ!」


 達成感のこもった表情でしみじみと呟く瑠花に、俺はすぐさま噛み付く。

 まったく、こっちは男としての尊厳をすり減らして散々な気分だ。


「拘束を解いていいって許しが出るまでは、ずっとアタシが日比谷の面倒見てやるからな」


 さきほどの取っ組み合いで赤く上気した顔をこちらに向けると、瑠花はそう言うのだった。

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