第71話、導きの樹
それまで無人だと思っていた商店街の路地に、いつの間にか人だかりができていた。
十数人にのぼる集団が、気づかないうちに俺たちを取り囲むように出現したのだ。
「なんだよ? こいつら……」
彼らの放つ異様な雰囲気に、俺は思わず後ずさる。
集団は年齢も性別もばらばらな人々で構成されていたが、二つだけ共通しているところがあった。
それは、皆そろって同じ白い服を着ていることと、似たような生気のない虚ろな目をしているところだ。
しかし、ゾンビではなく紛れもなく生きた人間なのだ。
その証拠に、彼らは小さな声でしきりに囁き合っている。
「……おい、見つけたぞ」
「教祖さまの仰るとおりだ……」
「オンキリキリバサラウンバッタ……オンキリキリバサラウンバッタ……」
彼らの会話が、断片的に聞こえてくる。
ところどころに、呪文のようなものを唱えている声が混じっている。
こいつら、何かの宗教の信者か?
「思い出したわ。この服装、数年前から流行り出した新興宗教のものだわ。たしか、導きの樹とかいう名前の、禁欲的な教義の密教系の新興宗教だったはず」
早希が連中を見つめて、そう説明した。
……導きの樹?
そのいかにも怪しげな宗教団体が、ゾンビとなんの関係があるのだろうか。
「これはこれは、……ずっとお探ししていました」
そう言いながら、集団の輪の中からひとり中年の男性が進み出てきた。
その男が、彼らのリーダー的な役割らしい。
ニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべた顔を、こちらに向けると話し始めた。
「これまで、たいそう恐ろしい思いをしたことでしょう。もう心配ありませんよ。さあ、我々といっしょに来てください」
それを聞いて、俺の脳裏に昨日の巨乳の女の記憶が蘇る。
あのリリスと名乗る女は、カインを、千倉奏を探していたのだ。
もしかして、こいつらの狙いも奏なのか?
俺は目の前にある奏の肩を、手放さないようにしっかり抱き寄せた。
しかし、そんな俺の予想は的外れなものだとすぐに判明した。
「さあさあ、こちらに来てください。道明寺瑠花さま」
男が手を差し出した相手は、奏ではなく瑠花だったのだ。
瑠花はその手をじっと見つめると、ゆっくりとした足取りで男へと歩みよった。
その瑠花の顔に浮かんでいたのは、諦めの表情だった。
まるで、こうなることを予期していたかのような……。
「おい、瑠花! どういうことだよ!」
俺は瑠花の背中に叫んだ。
何もかもがわからなかった。
なぜ瑠花があいつらに名前を呼ばれるのか、なぜ瑠花がそれに大人しく従うのか。
「日比谷、ごめん……」
瑠花は振り返ると、一言謝った。
何が、ごめんなんだよ?
突然起こった出来事に、頭の理解が追いついていかない。
「もちろん、お連れのみなさんもいっしょに来てください。歓迎しますよ」
瑠花の肩に手を置くと、男は俺たちに向かってそう言った。
「おい、どういうことなんだよ? 瑠花とお前らになんの関わりがあるんだよ、わかるようにちゃんと説明しろよ!」
俺は声を張り上げて、白い服の男へと迫った。
「ここまで、あなた方に瑠花さまを守っていただいたことは感謝していますよ。ですから、これからはそれを我々が引き継ぎますと、そう言っているんです」
そう言いながら笑いかける男の目は、少しも笑っていなかった。
まるで、こちらを値踏みするように嫌らしい目線を俺たちひとりひとりに向けていく。
「そんなこと言われて、はいそうですかと頷けるわけがないだろうが! お前らはいったい瑠花に何を……」
そう言いかけたその瞬間、俺は後頭部に激しい衝撃を感じた。
どうやら、背後から一発殴られたらしい。
脳が揺れる不快感がわき上がり、俺はその場に両膝をついた。
目がくらんで、思うように身体が動かない。
「日比谷ッ! おい、日比谷ッ!」
名前を何度も呼ぶ瑠花の悲鳴のような声を聞きながら、俺の意識は次第に深い闇へと落ちていった。
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