第70話、白い服の集団
「わかった、仲間になってあげる。あんたたちって、奴らの一味じゃないんでしょ?」
ようやく落ち着いた愛は、煙突から離れてそう聞いてくる。
「当然だ、俺たちがゾンビに見えるか?」
「そうじゃなくて、ゾンビじゃない方の奴らだよ。昼間に、そこら中を歩き回ってた白い服の奴ら。あたし、そいつらから逃げるために煙突に登ってたのよ」
俺たちは思いがけない愛の言葉に、ハッと顔を見合わせる。
……白い服だって?
それは、ショッピングモールで冷が見たというゾンビ使いのことだろうか。
「早希さんはどう思う……って、あれ?」
振り返った俺は、背後にいたはずの早希のミニスカポリス姿が見えなくて戸惑う。
周囲を見回すと、早希婦警はその場にうずくまっていた。
「まだコスプレの件で落ち込んでいるのかよ」
「……ううん、違うの」
むっくりと起き上がりながら、そう呟く早希の呼吸は妙に荒かった。
「本物の詩乃愛さんなんですね! わ、私デビュー当時からずっとファンなんです! サインに握手してください!」
ガバッと目の前の愛に飛びつくと、早希は早口でそう言った。
その豹変っぷりに、俺は思わず動揺する。
「ええっ? サインなの握手なのどっち?」
早希のあまりの食らいつきっぷりに、慣れているはずの愛もビビっていた。
「もちろん、どっちも! あら、私ったら色紙がないわ……そうだ! 肌に、私の地肌に書いてください!」
サインペンを片手に、早希は制服を捲りあげて脇腹を露出した。
そして、露わになった真っ白い皮膚にサインを書くことを強要する。
ドン引きしつつも、愛は言われるままに早希の要求に従った。
「きゃっ! くすぐったい! 詩乃愛のサインが私と一体化してる……うふふ」
出来上がったサインを見つめて、早希は怪しげな笑い声を上げ始めた。
「ねえ、名取さんが壊れちゃったよ?」
「いや、奏。あれがドルオタという人種だ」
アイドルには、女性ファンも多いとは聞くがまさか早希がそうだったとは……。
そういえば前に歌ってたな、詩乃愛の歌を。
「おい、早希。頼むから元に戻ってくれ。ちょっと前のエピソードで優等生キャラに戻ったばかりだってのに、自らキャラ崩壊させないでほしいんだけど……」
その新しいキャラ、ギャップ萌えとかに全然ならないし。
「あっ、日比谷くん。ごめん私、我を失ってた! もう自重するから」
なんとか、早希をこちら側に引き戻すことができた。
と思ったら、握手したばかりの右手をじっと見つめたままだ。
これは当分、早希抜きで話を進めることになりそうだ。
「それにしても、天下のアイドルさまがなんでこんなところにいるんだよ?」
早希とは逆に、瑠花はなぜか喧嘩腰だ。
「アイドルの実家がお風呂屋さんで、なにか文句があるのか!」
愛は瑠花を睨んで答える。
なるほど、ここがコイツの実家だったのか。
それで歌の湯、というわけか。
「ほら、最近スキャンダルがあったじゃないですか。それで、お仕事を休んでたんですね?」
「まあ、そういうこと。マネージャーに言われてしばらく実家で休業中だった、ってわけ」
愛は冷の話に頷いた。
そして、わずかに表情が歪む。
どうやら、スキャンダルのことには触れられたくない様子だった。
「それで、白い服の奴らってのは……」
俺がそう訊ねようとしたその時だった。
「あたしから説明する手間は省けたみたいね」
愛は遠くに顔を向けて、そう囁いた。
「ほら、勝手に集まってきたから」
すぐさま、俺は視線をその方向へと向ける。
そこには、幾人もの白い服をきた人間の集団が音も立てずにいつの間にか並んでいた。
立ち尽くす彼らからは、まるでゾンビのように人間味が感じられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます