第68話、救出作戦

 煙突の上の少女が姿勢を崩した瞬間、俺は何も考えずに走り出していた。

 そして、落下地点と予測される場所に腕を広げて待ち受ける。


「バ、バカ! やめろ!」


 そこに、突如としてバニーガール姿の瑠花がタックルをかましてくる。

 そのまま俺の腰に飛びつく瑠花バニーのせいで、俺は押し倒されて地面に転がった。


「おい、瑠花! 何すんだよ! 俺は落ちてくる女の子を受け止めようと……」


「だから、それがバカだって言ってるんだろうが! あんな高さから落ちてきたのを受け止めたら、アンタが無事で済むはずがねえだろ! 少しは考えて飛び出せよ! お前は、ラピュタか!」


 瑠花バニーがまくし立てる正論に、俺は反論できなかった。

 無理に言い返せるとしても、ラピュタかではなくパズーかだろ、ということくらいだ。

 たしかに、今の俺は無鉄砲すぎた。

 涙目のバニーガールに、とっさに引き止められるくらいには。


「悪い……気をつけるよ。それで、あの子はどうなったんだ?」


 見上げると、少女は姿勢を持ち直したようで、なおも煙突に危なっかしく座ったままだ。

 ひとまず彼女の無事を確認して、俺は胸を撫で下ろす。

 もちろん、しがみついたままになっている瑠花バニーの胸を。


「おい、それイヴにやったのと同じネタだろうが! 使い回すなよ! そんなにお気に入りなのかよ!」


「ごめんごめん。っていうか、いつまで抱きついてるんだよ、お前」


 それを聞いてやっと状況に気づいたのか、瑠花は慌てたように俺の腰から手を離す。


「それにしても、見事な跳躍ぶりでしたね。さすが、じゃじゃ馬バニーこと瑠花ちゃんです」


「勝手に変な肩書きつけてんじゃねえよ! 馬だかウサギだかわかんねえだろ、それ」


 俺から離れたと思うと、ちょっかいを入れてきた冷に今度は噛み付いていく。

 なんだか、瑠花のツッコミキャラも板についてきたな。


「それより、あの子をあのまま放っておくわけにはいかないよな?」


 煙突の上の少女は、こちらの様子を不審そうにじろじろと見つめている。

 ゾンビに襲われて煙突の上に逃げたら、助けに来たのが謎のコスプレ集団じゃ怪しく思われて当然だよな。

 少女の今の心情は、まさに不思議の国のアリスといったところだろう。


「自分であそこまで登ったのなら、自分で降りてこられそうだけど。うーん、こちらを警戒してるのかなあ?」


「それじゃあ、早希さんが優しく呼びかけてやったらどうだ?」


 婦警さんの格好をしてる早希なら、本物の警察官だと思って信用してくれるかもしれない。


「ええっ? 私かあ……そんな上手くいくかな。おーい! 君ー、降りてきてー」


 早希は懸命に呼びかけるが、女の子が降りてくる気配はない。

 こちらへなにか叫び返している。

 しかし、風が邪魔をして何を言っているのかよく聞き取れない。


「えーっと、変なコスプレの恥ずかしい格好した人なんて信用できない、って言ってます」


 冷が相手の唇を読んで通訳する。

 うわ、一発でコスプレとバレていた。


「恥ずかしい……コスプレ……。どうしよう、私こんな格好してお嫁にいけない……」


 それにショックを受けた早希が、その場に崩れて落ちた。


「大丈夫だよ、早希さんのはそこまで恥ずかしくないから!」


 すかさず、俺はフォローを入れる。

 それに、嫁の貰い手なら目の前にいるから心配するな。


「よし、俺が早希の仇をとってやる!」


「おっ、満を持しての真打登場ですね!」


 みんなの期待を背中に受けながら、俺は煙突の前へと進み出る。

 実を言うと、そろそろなりふりかまっていられなくなっていた。

 風がどんどん強くなっているのだ。

 放置しておくのはあまりに危険だった。

 俺は呼吸を整えると、声を張り上げた。


「おい、お前いい加減降りてこいよ! さっきから、見えてんだよお前のパンツがよ!」


 その瞬間、煙突の上の少女の動きがわずかに変わった。

 どうやら、スカートを押さえつけようともがいているらしい。

 ちゃんと、声は届いているようだ。


「はやく降りてこいって! このまま、シマシマ柄のパンツを見せびらかし続ける気かよ! お前の緑と白のストライプの縞パンなんて、いい加減見飽きるんだよ!」


 なおも懲りずに叫び続ける。

 すると、ようやく少女の手が梯子へと伸びるのが見えた。

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