第66話、コスプレ対決

「ど、どうかな……日比谷」


 振り向いた先には、見事に真っ赤に染め上がった瑠花の顔があった。

 驚くべきことに、瑠花の頭から真っ白な二つのウサギ耳が生えている。

 そして、瑠花が身にまとっているのは、身体の線がくっきりと浮きでる、すべすべとした質感のタイツ生地一枚だ。

 その臀部には、小さなふさふさの尻尾がちょこんとついているのが目に入る。


「……バ、バニーだと?」


 俺は、思わず地面に膝をついた。

 完璧なバニーガール姿だった。

 ドラクエで、カジノにいる荒くれじゃない方の人が着ているやつだ。


「おい、黙ってないでなんとか言えよ!」


 瑠花は、恥ずかしいのかモジモジと身体をしきりに動かしている。

 その恥じらいの仕草が、高ポイントだった。


「……瑠花、お前それ一生脱ぐな。その格好のままで冒険つづけようぜ! 今日から、お前のジョブは遊び人(女)だ!」


「それじゃ、ただの痴女じゃねえか! すぐ脱ぐから! こんな格好すんの今だけだからな!」


 バニー姿の瑠花は声を荒らげて言い返す。


「お兄ちゃん。今度は、私の番だよ!」


 そこに、イヴがすたすたと登場した。

 その衣装は、少しゴスロリ風の不思議の国のアリスだった。

 かなりヤバめな路線の瑠花とは対照的に、露出をおさえたその姿は実に微笑ましい。

 イヴ自身の日本人離れした容姿にマッチしていて、思わず口角が緩んでしまう。

 ルイス・キャロルの没後弟子を名乗り始めたいくらいだ。


「ねえ、私も着替え終わったけど……これっていったいどこに需要があるのかしら?」


 今度は大本命の早希の声が、間髪入れずに聞こえてくる。

 何気なく振り返った俺は、瞬時に自分の迂闊さを呪った。

 一目でノックアウトされてしまったのだ。


「えーっと、逮捕しちゃうぞ。……こんな感じで、合ってるかな?」


 婦警に扮した早希は、指でピストルのかたちを作ってそう囁く。

 それも、昔懐かしミニスカポリスだ。

 剥き出しになったふくらはぎの白さと、膨らんだ制服の胸元が……異様にエロい。

 足元はかかとの高いヒールで、腰にはちゃんと警棒まで下がっていた。


「逮捕してください! 俺が犯人です!」


 すっかり観念した俺は両手を揃えて差し出して、降伏する。

 このコスプレ対決は、早希の優勝だ!


「えっ? 日比谷くん、なにか悪いことでもしたの?」


 俺の突然の自首に、早希婦警は戸惑いながらも手錠を出した。

 もちろん、オモチャの手錠なのだが。


「おいおい、大トリのボクの存在を忘れてもらっちゃ困るよ!」


 騒がしい声がして、冷がやって来た。

 って、お前もコスプレしたのかよ。


「いやいや、冷。……お前、それはないよ」


 冷の格好を一瞥して、俺は呟く。

 そのコスチュームは、なぜか純白のウエディングドレスだった。

 長い裾を引きずりながら、冷は歩いてくる。

 よくそんな衣装まで、揃っていたなあ。


「いやいや、ボク一度着てみたかったんだよ。ウエディングドレスって」


「ダメだよ、園山くん。本番前にウエディングドレスを着ると、婚期が遠ざかるって言われているよ!」


 早希婦警からも、ダメ出しが入る。

 正直、それはどうでもいいけど。


「でも、世の中がこんなことになって、本番が来るかわからないからさ。今のうちに、と思って……」


 冷はしみじみとした口調でそう言った。


「あっ、それなら私も着てみたいかも」


 メイド服の奏は、羨ましそうな眼差しを冷の花嫁衣装に向けた。

 他のみんなも、それに頷き始める。

 あれ、ただのコスプレ対決だったのに、冷のせいで急にしんみりとした空気になったぞ。

 盛り下がった、というか……。


「よし、わかった! お前ら、みんな着替えて来いよ! 俺が全員分の花嫁姿を見納めてやる!」


 俺が叫ぶと、みんなの顔がパッと輝いた。

 勢いで言ってしまったが、かなりとんでもない展開じゃないか、これ。

 日本って、たしか重婚は犯罪だったよな?

 しかし結果的に、五人の花嫁姿が俺の前に並ぶことはなかった。

 その瞬間、聞こえてきたのだ。

 無人のはずの商店街に響く、だれかが歌う微かな声が……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る