第65話、一難去って
一夜を明かした俺たちは、ゾンビたちにすっかり荒らされたショッピングモールを離れて、荒廃した街を歩いていた。
ゾンビ使いの存在は、俺たちに新たな目的を示した。
それはつまり、俺たちの他にまだ生き残っている人間たちがいるということだ。
それらを見つけ出して合流するために、俺たちは再び街をさまようことにしたのだった。
昨晩は妙な様子を見せた瑠花だったが、朝に起き出したときには少しも変わったところはなく、普段通りだった。
そんな瑠花が口を開いたのは、一行が無人の商店街へと差し掛かったときだった。
「なあ、日比谷。ああいうのいい加減やめた方がいいと思うぜ?」
突然、瑠花からそんな言葉をかけられて、俺は首を傾げる。
「いきなりなんの話だよ。昨日、イヴの尻を触ったことか? それとも、イヴの胸を揉んだことか?」
「ちげえけど、それはどっちもやめろよ! いい加減、お巡りさんに捕まるぞ!」
まあ、どっちも不可抗力だったのだが。
ロリコン疑惑をかけられても困るので、以後自粛しよう。
「じゃあ、なんの話なんだよ?」
「いやお前さ、もっとRPGの主人公みたいに行動してもいいんじゃねえのか? ってこと」
ん? なにを言いたいんだろう?
声を一切発せずに話しかけたり、見つけた家に片っ端から不法侵入しろ、ってことか?
「ほら、昨日モールで買い物したときに、日比谷お前、いちいち律儀に代金を計算してレジに置いていってただろ? そういうの、もうやめろよ」
たしかに、金を払わずに商品を持ち出すのは気が咎めて、そんなことをやってたな。
「そんなことやってもさ、アタシたちが品物を消費しなかったら、結局ただ朽ちて行くだけだろ? それなら、アタシたちで使い切ってやったほうがいいんじゃないか?」
なるほど、瑠花はRPG主人公のように見つけたアイテムは気兼ねなく拾って使え、と言いたいらしい。
「あっ、それに私も同感。この状況で勝手に商品を持ち出しても、だれも泥棒だなんて言わないわよ」
早希が、瑠花に同意する。
「そうだな、財布もそのうち空になるし。いつまでも金を払えるわけじゃないからな」
結局、ただの俺の自己満足だったのだ。
「というわけで、さっそくショッピングタイム始めてもいいか?」
瑠花は周りを見回して、目を輝かせた。
気がつくと、俺たちはお洒落な服屋が軒を揃えて並ぶ通りを歩いていたのだ。
思えば俺たちは、キャンプ場以来ずっと同じ制服を着続けていた。
それが、どうやら限界だったらしい。
それこそ現実は、RPGのキャラクターのように着たきりではいかないのだ。
「わかった。待っててやるから、好きな服を選んで来いよ」
俺がそう言うと、彼女たちは一軒一軒立ち並ぶ店を回り始めた。
ショッピングモールのときとは、また違ったはしゃぎっぷりだ。
店内に所狭しと置かれた服の山を、真剣な表情で選び分けていく。
そして、一方の取り残された俺は一気に手持ち無沙汰になってしまった。
見事に女の買い物に付き合う男の図だ。
道端のベンチに腰をかけて、着替えが終わるのを気長に待つことにする。
「ねえ、マナマナ! 見て見て!」
しばらくして、奏の声がしたので振り返ると俺はあまりの光景に唖然としてしまった。
奏が着ていたのは、黒と白のフリフリのエプロンドレスだったのだ。
「じゃーん、メイド服! ねえ、似合ってる? 似合ってる?」
「なんて、格好してんだよ……お前」
俺は目いっぱい媚びたポーズを披露する奏に、内心ドン引きする。
まあ、ぶっちゃけ可愛いけど……。
「なにって、コスプレだよ。萌え萌えキューン! ほら、そこの路地にコスプレ専門店があったのを見つけたんだ!」
「安易に萌えとか言うなよ! 狙いすぎなんだよ! あと頭にあるはずのメイドカチューシャはどうしたんだ? 手袋は? ストッキングはそれで本当にいいのか? お前は、画竜点睛を欠いてんだよ!」
思わずガチで怒鳴ってしまった。
「うわー! マナマナがなぜか切れた! ほら、他のみんなも見てもらいなよ!」
「……他のみんなだって? まさか」
急にとんでもないイベントが幕を開けてしまったらしい。
動揺を隠しきれない俺の耳に、瑠花の声が飛び込んでくる。
「おい奏! お前はなんてものを着せるんだよ! さすがにこれは、素肌見せすぎだろうが!」
俺はとっさに身体を180度回転させて、声のする方へと顔を向けた。
それは、これまでのゾンビとの死闘で見せてきたどんな動きよりも機敏なフットワークだった。
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