第63話、応戦
ようやく元気になった早希に対して良いところを見せたいという思いが、俺にはあったのかもしれない。
やけに意気込み勇んで、金属バットを片手にゾンビの群れに飛び込んだものの、すぐさま俺は現実に直面する結果になってしまった。
この打撃武器とゾンビとの相性は、思ったよりも最悪だったのだ。
というのも、ゾンビの頭をフルスイングすることに成功したとしても、完成に相手の動きを止めることはできなかったからだ。
せいぜい数秒、相手の気を引くことができる程度だ。
その上、ゾンビは倒しても倒しても仲間を押しのけて新手がやって来る。
とても退路を開くことはままならない。
「畜生、キリがない……」
数分後には、俺は息を切らしてゾンビの群れの中でへたりこんでいた。
手にかいた汗で、バットが滑る。
ゾンビ相手にファールを量産した俺の体力は、はやくも限界に近づいていた。
「日比谷くん、伏せて!」
そのとき、早希の鋭い声が響いた。
その声にとっさに腰を屈めると、勢いよく水が飛んできてゾンビたちにぶち当たった。
突然の放水に、ゾンビの群れはたじろぐ。
早希が、掃除用具の売り場にあった高圧洗浄機で水を撒いているのだ。
なるほど、たしかに放水は暴徒鎮圧にも度々使われる手段だ。
しかし、ゾンビは暴徒とは違い、いくら水を被っても士気が衰えることがない。
早希の果敢の放水も、数秒の足止めにしかならない。
ゾンビたちは放水をものともせず再び襲いかかる……と思ったそのとき、早希は次の攻撃を開始した。
「みんな、できるだけ水から離れて!」
そう叫ぶ早希は、ゴム手袋をはめて、導線を剥き出しにした電気コードを手にしていた。
そして、目の前の水溜まりに向かってコードを投げつける。
瞬間、ゾンビたちの動きが固まった。
感電しているのだ。
ゾンビとはいっても、身体の構造は生身の人間と同じなのだ。
感電させることで、動きを止めることが可能なのだった。
感電したゾンビを押しのけようとするゾンビも、次々に同じように感電していく。
すっかり、ゾンビの包囲は散り散りになっていた。
俺は水に濡れないように注意して、寝具売り場へと急行する。
そこで毛布にくるまるイヴとクロネコを見つけて、両手で抱き寄せた。
「きゃっ! お兄ちゃん!」
「大丈夫か! 水溜まりに触れないように気をつけろよ!」
そして、イヴを前に抱えて走り出す。
「えっ? なんでお姫様抱っこなのよ?」
イヴが俺の腕の中で騒ぐ。
「おんぶだと放水の飛沫がかかるだろ。ちょっとくらい我慢してくれよ!」
「やだ! お兄ちゃん、お尻触った!」
だれが、この状況でそんなことするか!
そもそも、イヴの小さなお尻なんて俺は少しも興味ないんだよ!
「と言いつつ、試しにさわさわしてみる」
「キャーキャーキャー! 変態! 変態!」
暴れるイヴをがっちりお姫様抱っこしたまま、俺は一階へと逃げ込む。
それに無事逃げ出した瑠花と奏も続く。
「スタッフルームへ逃げましょう。あそこなら、朝まで籠城できるはずだわ!」
早希の先導にしたがって、従業員スペースへと逃げる。
全員が来たのを確認すると、すかさず瑠花が棚の位置をずらして出入口を塞いだ。
「これで、なんとか逃げ切ったな」
「はあ……みんな無事でよかった」
ホッとして、胸を撫で下ろす。
抱えていたイヴの膨らみかけの胸を。
「自分の胸を撫で下ろすのよ! どさくさに紛れて、私の胸触ろうとするなー!」
イヴが、俺の腕から飛び出して抗議する。
よかった、元気そうで何よりだ。
「ねえ、学くん。ちょっと聞いて」
隣にいた冷が、俺に声をかけた。
走って逃げてきたからか、呼吸をやけに荒くしている。
「ボク、さっき逃げる途中で見たんだよ。ゾンビの群れの中に人間が、生きている人間が混じっているのを……」
冷は青い顔をして、そう囁いた。
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