第60話、眠れない夜
闇に包まれたショッピングモールに、金属を擦るような不快な音が響き渡る。
どうやら、音は正面入口の外側で発生しているようだ。
「……この音って、あいつらがやって来たってことですよね?」
「ああ、間違いないよ。ゾ……」
言いかけた俺の言葉を、冷が制止した。
「今から寝ようっていうのに、その単語は正直なところ気味が悪いですよ。かわりに、あいつらのことをここではパンツと呼称することにしませんか?」
冷は変なことを提案してくる。
「なんで、奴らをパンツなんて呼ばなきゃならないんだよ?」
「同じ三文字で響きが似てるじゃないですか。それに、学くんはゾンビに囲まれて眠るのと、パンツに囲まれて眠るのでは、どっちが安眠できると思いますか?」
それなら常識的に考えて後者だ。
「わかった。奴らのことはパンツと呼称するきとにしよう。それにしても、さっそくパンツが集まって来たようだな」
「ええ、パンツは正面入口に来てるみたいですが、バリケードは大丈夫ですかね?」
会話している間も、パンツが玄関を叩く不気味な音は聞こえ続けている。
「心配ないよ。あれだけ何重にも積み重ねて封鎖したんだ。パンツごときに、易々と侵入されるはずがないさ」
「そうですね。ボクは、その言葉がフラグにならないことを願いますよ」
そう口では言いつつも、俺は不安な気持ちを拭えなかった。
もし、玄関のバリケードが突破されたら、その瞬間に無数のパンツたちがショッピングモールへとなだれ込んで来るのだ。
たちまち、俺たちはパンツの群れに蹂躙されてしまうだろう。
「おい、これいい加減やめにしないか? わりとホラーな状況だってのに、お前のせいで全然緊張感ねえよ!」
思わず声を荒らげるも、隣に横たわる冷からの返事はかえってこない。
かわりに、クーっという可愛い寝息が聞こえてきた。
「うわっ、お前もう眠ったのかよ。いくらなんでも早すぎるだろ、のび太くんか!」
驚いてツッコミを入れるも、冷は気持ちよさそうに眠ったまま起きない。
現実に取り残された俺は、すっかり目が冴えてしまった。
外から途切れることなく感じるパンツもといゾンビの気配が気になって、布団にくるまっていても睡魔は少しもやって来なかった。
仕方なく、俺は寝床から身を起こす。
眠くなるまで、ショッピングモール内の探索でもしていよう。
なにかしら、役に立つものが見つかるかもしれない。
従業員用スペースをぶらついていると、あるものが目に入った。
スタッフ用の小さなシャワー室だ。
「あっ、お湯出るじゃん。ラッキー」
ボイラーがまだ生きているのか、蛇口を捻ると熱湯が溢れ出した。
そういえば、一日歩き通しだったのに今日は風呂に入っていなかった。
汗を流して身体を温めれば、眠気もやって来るかもしれない。
俺は服を脱ぎ捨てると、頭からシャワーの湯を被った。
「うおー、超気持ちいい〜」
全身をくすぐるようなシャワーの快感に、思わず俺は声を上げる。
皮膚を伝って流れる熱い湯は、一日の疲労もいっしょに洗い流してくれるようだ。
「まさに生命の洗濯ってやつか。シャワーは人類の生み出した最高の何とかだな」
すっかりシャワーハイ状態になった俺は、あることないこと言いながら一心不乱にシャワーを浴び続ける。
そのとき、ふいに俺の背後にだれかの気配が現れた。
そして、冷たい手が伸びて俺の肩にかかる。
「ん? なんだよ冷か、もう起きたのか? 俺が今はシャワー浴びてるんだから、後にしてくれよな」
しかし、その言葉を無視して背後の人物は、俺の背中に自分の身体を密着させた。
二つの柔らかみのある素肌の感触が押し付けられる。
これは……これは、冷じゃない?
「ねえ、日比谷くん……」
俺の耳元で、早希の聞き慣れた声がそう囁いた。
「お願い、……私を抱いて」
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