第59話、お泊まりタイム

「とりあえず、今日はこのショッピングモールで一夜を明かすことにしようぜ」


 荷物がいっぱいになったところで、俺はみんなにそう呼びかけた。

 持ち出した商品の分の代金はちゃんと計算して、レジへと置いていく。

 さすがに非常時に小心すぎだとは思うが、泥棒というのは目覚めが悪かったのだ。

 もしかしたら、俺はまだ貨幣というものに価値があると信じたいだけなのかもしれない。

 ガラス越しに覗くと、外はすっかり夕日が蕩けて真っ赤に染まっていた。

 日没は近い、完全に日が暮れてしまう前に、戸締りをしっかりしておきたかった。


「出入り口は来客用の大きいのが三つと、裏手に従業員用と搬出用が一つずつみたいですね」


 案内板を眺めて、冷がそう言った。

 俺たちはひとつひとつ見回って、施錠を確認して行く。


「夜になれば、また奴らが動きだすからな。入って来れないようにちゃんと塞がないと」


「……それなんですけど、ボク前から疑問に思っていたんですが、日光が苦手っていうのは吸血鬼の属性であってゾンビの属性じゃなくないですか?」


 鍵を探してスタッフルームを歩きながら、冷がそんな今さらなことを言う。


「それを言ったら、襲われた者が仲間になって増えるっていうこと自体が、元は吸血鬼の属性だろ。それに俺たちはゾンビって言ってるけど、正しくはそれも違うしな」


 ゾンビとは動く死体のことだが、今の俺たちが遭遇してるのはブラッディ・チェリーという伝染病の感染者だ。

 厳密な意味では、奴らも肉体はまだ生きているはずなのだ。

 その症状のひとつとして、狂犬病のような光を嫌がる性質があるということだろう。


 そうこうしているうちに、従業員用出入り口と搬出口のほうは、鍵をかけた上で防犯用のシャッターを下ろすことができた。

 なかなか頑丈な作りのシャッターで、一晩で突破されることはまずなさそうだ。

 問題なのは、全面ガラス張りの正面玄関の方だった。


「どうする? バリケードでも作るか?」


「おっ! それいいね、楽しそうじゃん」


 瑠花と奏は、なぜかノリノリで正面玄関の封鎖にとりかかった。

 重そうな家具や棚をフロアのあちこちから集めてきて、玄関先へ幾層にも積み重ねていく。

 特別な工夫を凝らしたわけではなかったが、それだけで侵入を防ぐには万全に見えた。


「よし、我ながら良い仕事してますね! いやー、本当に良いバリケードですねー!」


 封鎖した出入り口を見つめて、奏は満足げに額の汗を拭きながらそう言う。

 なんだか、骨董鑑定士と映画評論家が混ざったような台詞だった。


「まあ、これなら一晩はじゅうぶん持つだろうな。で、寝床はどうしようか?」


「二階に寝具のショールームがあったから、そこで寝ようぜ。アタシ前から一度、展示品のベッドで寝てみたかったんだ」


 なるほど、それは寝心地が良さそうだ。

 フードコートから失敬した弁当類で夕食を済ませると、そろそろ就寝の時間になった。

 みんな寝床を求めて二階へと上っていく。

 俺も二階について行こうとすると、瑠花に首根っこを掴まれる。


「何すんだよ? 俺も一緒に寝かせろよ」


「はい、男の子はこれ」


 満面の笑みで、アウトドア用品売り場にあった寝袋をひとつ手渡された。


「って、おい。なんで寝袋ひとつなんだよ? 冷、お前も男の子だろうが」


「いや、ボクはセーフかなーって」


 冷は俺に言うと、二階へと上がっていく。


「アウトだよ! ふつうにアウトだよ! というか、俺をひとり置いてくなよ! ガチで寂しいだろうが!」


 逃げようとする冷を捕まえて、無理やり寝袋に押し込んだ。


「もう寂しがり屋さんですね、学くんは。仕方ありませんね。ボクも一階で添い寝してあげますから」


 寝袋にすっぽりおさまった冷は、そのまま立ち上がって俺に言う。

 寝袋のままで立つと、やけに異様な姿だ。

 昔懐かしいタラコのCMを思い出す。

 ひとつしかない寝袋を譲ってしまった俺は、ベンチに布団を敷いて即席ベッドを作る。


「おい、電気消すぞ」


 ずっと付けっぱなしだった売り場の電灯を、手動でひとつずつ消していった。

 ショッピングモールは、手元の明かりを残して闇に包まれていく。

 その時、正面玄関の方からガリガリという異音が響くのが耳に入った。

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