第58話、ショッピングモール
左右に並んだ陳列棚の間を、ショッピングカートが疾走する。
そして、目についた品々がカゴの中へと次々に放り込まれていった。
即席麺、缶詰、レトルト食品、煎餅、スナック菓子、チョコレート……。
たちまち、カゴは雑多な食料品でいっぱいになる。
「おいおい、そんなに焦るなよ。時間はあるんだし、じっくり選べばいいだろ」
一階の食料品売り場を走り回るカートたちに、俺は呼びかける。
まるで、夏休みにショッピングモールへやって来た田舎の小学生のようなはしゃぎっぷりだった。
たしかに、この広いフロアを貸し切り同然に使えるというのは、自然とテンションが上がる気持ちもよくわかった。
いや、もしかしたら彼女たちは、無理やり気分を上げて、楽しい雰囲気を作っているのかもしれない。
あの荒廃した街の情景を、一時でも忘れられるように。
あれから俺たちは、変わり果てた街中を数十分ほど歩いて街外れのショッピングモールへと辿り着いた。
店内は無人で、外の様子とは対照的に、綺麗に片付いていて荒らされた痕跡はなかった。
明日の営業を待つ、閉店後の売り場といった光景だった。
周囲の街は停電に見舞われていたが、ここは非常用電源が生きているようで、店内は電灯で眩しいほどに照らされている。
見当たらないのは、客と店員の姿だけだ。
さすがショッピングモールで、日用雑貨や衣料品、それと家電と工具の類いも揃っているのが見てとれた。
ここだけで大方の装備は整いそうだった。
「おい、これ猫缶だぞ?」
カゴの中に放り込まれた缶詰のラベルを見て、俺は呟いた。
よく見ると、缶詰のほとんどは猫缶だった。
「当たり前じゃない。それクロネコのだもん」
カートの荷台に乗ったイヴが、クロネコの頭を撫でながら言う。
なるほど、コイツ人語を喋るくせに餌は猫用なのかよ。
「持ち出すものは考えて選んでくれよ。運べる数にも限界があるんだから。猫は人間の物も食えるけど、人は猫缶を食えないだろ?」
「そう? 美味しいわよ、猫缶って」
イヴは素の表情で答える。
「……わかった。じゃあ、もしものときは俺も猫缶食うよ」
妥協してしまった。
どうも幼女には強く出られない。
「それにしても、ショッピングモールとデパートってなにが違うんだろうな?」
長年の疑問を思わず口にすると、近くでゼリー食品を物色していた冷が答えた。
「全国ショッピングセンター協会の加盟店がショッピングモールで、全国百貨店協会に加盟しているのがデパートですよ。学くんはそんなことも知らないんですか?」
身も蓋もない答えが返ってきた。
しかも、煽りつきだ。
「それって、ライトノベルと一般小説の違いはっていう疑問に、ラノベレーベルから出てるのがラノベって答えられるようなもんで根本的な答えになってないだろ」
言い返さずには、いられない俺。
「そんなのボクに聞かないでくれよ。ほら、豆知識キャラはボクの他にいるだろ?」
そう言うと、冷は自販機の方を指さす。
自販機の前のベンチには、早希がひとりでぽつんと座っていた。
周囲のお祭り騒ぎから孤立して、来店してからそこを一歩も動いていなかった。
渡したカゴも空っぽのままだ。
「早希、お前はなにか欲しいものはないのかよ? 好きな食べ物とか……」
出来るだけ自然に声をかけてみる。
しかし、早希の表情にはなんの変化も浮かばなかった。
「……日比谷くん。今の私は、何もいらない。だから、私に構わないで」
突き放すような口調で俺に言うと、また黙ってしまう。
「わかった。じゃあ、欲しい物ができたらなんでも言ってくれよ」
そんな言葉しか、かけてやれなかった。
早希の失望を癒すことは、俺にも、他のだれにもできない。
できるとしたら、時間の流れだけだ。
いつかきっと、普段の優等生然とした早希へと戻るはずだ。
そう信じて待つことしか、今の俺にはできなかった。
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