第54話、暗闇の追いかけっこ
立ち止まった早希の向こうに、何か巨大な影が転がっている。
早希は放心したように、それを見つめて固まっていた。
「……なにがあるんです?」
俺はすかさず、懐中電灯の光をかざす。
すると、その正体が暗闇に照らし出された。
まず見えたのは、大きなタイヤだった。
子どもの身長ほどはあろうかというタイヤが二つ、明かりを受けて浮かび上がる。
その輪郭に沿って明かりを動かしていくと、ようやく全体像が見えてきた。
大型トラックの裏側だ。
横転したトラックが、こちらに腹を向けてトンネルを半ば塞ぐようにして、寝転がっているのだ。
あまりの姿に、俺は唖然とする。
現実感のまったく感じられない、馬鹿馬鹿しいような光景だった。
「なんだよ、これ……」
光を高く掲げると、トラックの向こうにも無数の影が並んでいるのがわかった。
何台もの自動車が、トラックに行く先を阻まれるようにして停まっているのだ。
自動車の運転席を確認するが、運転手の姿はどれもなかった。
まるで人間だけが、忽然と消失してしまったかのようだ。
「人は……人はどこに行ったんだろう?」
俺は振り返って早希にそう声をかけるも、その言葉は空振りした。
いつの間にか、早希の姿がさっきの場所から消えていたのだ。
「……早希さんっ?」
慌てて周囲を見回すと、トンネルの前方に走り抜ける早希の後ろ姿が見えた。
乗り捨てられた自動車の群れの間を、早希は飛ぶような速さで走っていく。
「早希さん、待って!」
俺の必死の叫び声は、虚しくトンネル内に反響するだけだった。
早希はまるで聞こえないかのように、ペースを落とすことなく遠ざかる。
いったい、なにがあったというのか。
「早希さん!」
俺は早希の背中を追って駆け出した。
しかし、早希の全速力になかなか追いつくことができない。
スピードを上げようとする俺を、無人の自動車たちが遮り、なかなかまともに走ることが難しかったからだ。
焦った俺は、闇に紛れていた紺のプリウスに思いっきりぶつかってしまう。
フロントガラスに激しく頭を打ちつけた俺は、悲鳴とともにその場に転がった。
「クソッ! 停まってる車に轢かれたのは初めてだよ!」
思わずそんな悪態をつく。
まったく前方非注意だった。
ぶつかった衝撃で、懐中電灯を落としてどこかにやってしまった。
しかし、早希が危ない、懐中電灯を探している時間はない。
再び起き上がった俺は、暗闇の中を闇雲に進んでいく。
途中何度も足を取られながら、それでも早希の姿を追いかけ続けた。
イピカイエーとかマザファカーとか叫びたいような心境だった。
そして始まったのと同じように、暗闇の中での追いかけっこは唐突に終わりを迎えた。
前方に光が差し込み、目が
ようやくトンネルの出口が見えて来たのだ。
その手前に、早希は息を荒くして座り込んでいた。
「早希さん! 大丈夫か?」
俺の声に振り返った早希の顔からは、すべての表情が消えていた。
後ろに結っていたお下げ髪がほどけて、顔にかかっている。
早希は何も言わず、手を上げてトンネルの外を指さした。
「……早希さん?」
俺は自然と顔を向ける。
眩しい日の光で、目にジンと痛みが走る。
そして見えてきたトンネルの外には、文字通りの意味で、死の世界が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます