第53話、二人きりの探索
トンネル内は静まり返っていて、二人の足音だけが不気味に反響した。
懐中電灯の小さな明かりを前へ向けながら、俺たちは慎重に進んで行く。
「とくに変わった様子は、見られないけど」
俺は傍らの早希に、小声で囁いた。
見通しが悪く前方は鼻先数メートルしか確認できないが、その視界のうちに動くものはひとつも存在しなかった。
まるで、静寂の支配する無の世界だ。
「……あの、早希さん?」
いくら待っても返事が返って来ないので、俺は途端に不安になる。
背後にいるはずの早希に、少し大きめの声で呼びかけた。
そのとき、奇妙なリズムの唸り声がどこからか聞こえて来た。
俺は、思わず身構える。
地の底から響くような唸り声は、音程を上下させながら途切れることなく続いていく。
周囲を見回した俺は、ようやくその音の正体に気づいた。
「……もしかして、早希さん。かなり怖がってる?」
俺は、背後の早希に声をかけた。
この唸るような声は、早希が発しているものだったのだ。
どうやら、気を紛らわすために歌を口ずさんでいるらしい。
それがトンネル内で変に反響して、耳にしただけで呪われそうな異様な声になってしまったのだ。
「えっ、日比谷くん。まさか、私が怖がるわけないでしょ?」
早希の声は、妙に裏返っていた。
ビビっているのがバレバレだ。
あれ、早希ってこんな怖がりだっけ?
今まで一緒にいて、とくにそんな素振りを見せなかったけど。
「ごめん私、トンネル苦手みたいなの」
「閉所恐怖症とかそういうやつですか?」
暗いよ狭いよ怖いよーってやつか。
「……エレベーターもカラオケボックスも平気になったから克服したつもりだったけど、トンネルはダメみたい」
早希は正直にそう告白した。
なるほど、完璧人間の早希にそんな弱点があったとは。
本当にひとりで行かせなくてよかった。
「さっき歌ってたのって、最近流行ってる曲ですよね?」
早希を落ち着かせようと、俺は話題を振ってみる。
「うん、
詩乃愛は今売り出し中のアイドルだ。
現役高校生アイドルという触れ込みでさんざんメディアに露出してたので、流行に疎い俺でも耳にしたことのあった。
もっとも、枕営業だかのスキャンダルが持ち上って絶賛炎上中だったはずなのだが。
早希って音楽の趣味はわりとミーハーなんだな、と俺は何となく親しみを感じる。
そのとき、ふいに懐中電灯を向けた暗がりから何かが飛び出した。
「きゃっ!」
瞬間、早希が俺に抱きついてきた。
二つの大きく柔らかい膨らみが、俺に押し付けられる。
「早希さん、俺から離れないでしっかり掴まってください!」
俺は思わず叫ぶ。
「えっ? ……こう?」
さらにギュッと、身体を俺に密着させた。
柔らかい感触がよりしっかり感じられる。
「そうです。そのまま身体を離さないで!」
「ねえ、何なの? 日比谷くん、なにが現れたの?」
前を正視できない早希は、俺にしがみついたまま聞いてくる。
「早希さん……ただのコウモリです」
俺がそう答えた瞬間、早希の身体が急に俺から離れた。
「もう、日比谷くん。悪ふざけだったんだ」
早希は、こちらを白い目で見る。
「いや、違います。触覚に抗えなかっただけです! けっして、ふざけてなんか……」
「一那由多点減点です!」
那由多って、たしかものすごい大きい数の桁だったよな?
本当に、早希を怒らせてしまったらしい。
俺は弁解しようと口を開くが、早希はひとりですたすた行ってしまう。
どうやらだいぶ恐怖はおさまったようだ。
俺は、やっと安心する。
「早希さん、置いてかないでくださいよ」
俺がそう声を上げて追いかけようとしたとき、前を進む早希の足が唐突に止まった。
そしてそのまま、早希は立ち尽くす。
何事かと駆け寄ると、疑いたくなるような光景が俺の目に飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます