第51話、そして街へ
「ごめん、私たまに記憶がゴソッと抜けてるときがあるんだ。お医者さんが言うには、一種の夢遊病らしいんだけど特に深刻な病気じゃないから気にしないで」
奏は、妙に気楽な調子でそう説明した。
話すところによると、山荘で眠ってから今までの記憶が欠落しているらしい。
カインが出ていたときのことを、奏はすべて覚えていないのだ。
そして、カインという人格そのものに奏本人はまだ気づいていない。
ということは、あの瑠花との間の歴史的和解も無に帰したのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
何より、瑠花の奏への態度が一変した。
「おい、奏。身体は大丈夫なのか?」
「奏、水飲みなよ。水筒やるよ」
「日差しがやけに強いな。奏、アタシの影に入りなよ」
「アンタ、すごい綺麗な肌してるよな? ちょっと触らせてごらんよ」
あれから、瑠花はひっきりなしに奏に構うようになったのだ。
異様にベタベタし過ぎていて、傍目にも薄気味悪いくらいだが、当の奏本人はまんざらでもないようだ。
そもそも、これまでは瑠花が奏に執拗に冷たく接していたのが不仲の原因であり、それさえ解消すれば奏の方にはそれほど遺恨はなかったということらしい。
瑠花は、これまでの数年分の埋め合わせをするように、やたらと奏にまとわりつく。
根が単純な奏は、それをそのまま受け入れてしまった。
すっかり、バカップルの誕生といった有り様だった。
「ふふふっ、二人仲直りしたみたいでよかったじゃない。日比谷くん、お手柄ね」
そんな二人の様子を眺めて、早希が嬉しそうに微笑んだ。
「いや、早希さん。俺は何もやってないよ」
謙遜でなく、俺は答える。
二人は、二人自身で勝手に和解したのだ。
騒動を通し一回り成長して、過去を乗り越えることができた、ということだろう。
しかし、結果として、カインという人格については、わからずじまいになってしまった。
カインが消えてしまった以上、もはや本人に聞くこともできない。
それに問題は、新たに登場した謎の人物だ。
俺は、写真を眺めて首を傾げた。
襲われていた瑠花を助けたこの謎の女は、カインを探していたらしいが、やはりモノケロスという組織の人間なのだろうか。
しかし、なぜこの写真は水着姿なのだろう?
たしかに、写っているのはプロポーション抜群のナイスバディだ。
とはいえ、わざわざ水着写真を残して消えたことに、なにか理由があるのだろうか。
それとも、ただの痴女なのか?
「おい、お前はなにか知ってるのか?」
クロネコの鼻先に写真を近づけるも、にゃーと一鳴きして逃げられてしまった。
「はっはー、学くんはこういう女性が好みなんですか? こういうボインの方が?」
写真を奪い取られたと思ったら、冷がにやけ面で写真を眺めて聞いてくる。
「返せよ。そういう意味で見てたんじゃねえよ! それに、ボインが嫌いな男なんていねえだろ!」
「それは、ボクに対する挑発ですか? そうですよ、どうせボクは無乳ですよ……」
変なところで冷がイジけるが、面倒くさいのでほっておくことにする。
そもそもお前は男なんだから、無乳なのは当たり前だろうが。
「それより急ごうぜ。日暮れまでには、山を下りないと」
今の時点で、予定よりもだいぶ時間を費やしてしまっていた。
日が沈んだら、またゾンビたちが闊歩するようになるのだ。
それまでに、安全に夜を越せる場所を見つけておかなくてはならなかった。
「道明寺さんは足首の負傷は大丈夫なの?」
早希が心配して声をかける。
「うん、平気。ちゃんと処置してもらったし。こうやって、奏に肩を借りるからさ」
瑠花は、すっかり仲良くなった奏にしがみつきながら答える。
まさに、雨降って地固まる、といった調子で一行は半日歩く中でお互いにすっかり打ち解けていた。
俺たちは、ワイワイガヤガヤと騒ぎながら残りの行程を歩き始める。
それは、本当にハイキングでもしてるかのように愉快なひとときだった。
しかし、そんな良い雰囲気は、山を下りて街が見えてくるまでの短い間しか続かなかった。
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