第50話、和解

 銃声のした方向へ向かって、奏が脱兎のごとく駆け出した。

 奏はやぶを掻き分けて、一直線に進んで行く。


「おい、カイン! 待てよ!」


 俺は慌ててその背中を追う。

 しかし、奏の走るペースにとてもついていくことができない。

 どんどん引き離されてしまう。

 徐々に小さくなっていく奏の姿を見失わないうように、俺は懸命に足を動かした。

 しばらくして薮が姿を消し、山林を通る道路へとぶつかった。

 そのとき、俺はそこに転がっていたものに足を取られて、つんのめってしまった。

 転ぶのをなんとか回避して足元へ視線をおくると、異様なものが目に飛び込んでくる。

 それは、人間の腕だった。

 無造作に道路に転がった腕に、俺はつまづいたのだ。


「なんだよ……これ」


 思わず、俺は声を漏らす。

 道路の上には、そこら中に肉片が散乱していたのだ。

 まさか、瑠花は……。

 最悪の結末が、頭によぎる。

 立ち止まる俺をよそに、奏は肉片の中を進んでいく。

 そして、感嘆の声が上がった。


「瑠花! 良かった、無事なのか!」


 道路の脇の草むらに瑠花が寝かされてるのが目に入った。

 怪我しているのか、左の足首に包帯が巻かれている。

 瑠花は奏と俺の姿を見つけると、身体を起こして手を振った。

 どうやら、元気そうだ。


「瑠花! 瑠花! 心配したんだぞ!」


 瑠花へと一目散に駆け寄った奏は、そのまま瑠花に飛びついた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。私、瑠花との約束のことずっと謝りたかったんだ。それなのに……」


 奏の中のカインは、瑠花を抱き締めながら涙声でそう叫ぶ。

 奏の両の目からは、ポロポロと涙が溢れ出していた。


「ううん……謝るのはアタシの方だ。あのとき、奏の言うとおりにしていれば、こんなことにはならなかった。ごめん、奏」


 瑠花は、奏の頭を胸に抱いてそう囁いた。


「……えっ、じゃあ約束のこと、私を許してくれるの?」


 瑠花の思わぬ反応に、奏は泣き腫らした目を丸く見開く。


「そんなの大昔のことじゃんか。そんな約束、アタシの方がとっくに忘れたよ」


 瑠花は、照れくさそうな表情で頷く。

 それから、二人はしばらく抱き合っていた。

 これで晴れて仲直りということらしい。

 数年越しの二人の確執は、今ここで見事に消え去った。

 俺はそんな光景に目頭が熱くなる。


「それで、いったい何があったんだ? あの化け物の残骸は、瑠花が倒したのか?」


 頃合を見計らって、そう声をかける。


「いや、なんか通りかかったアブねえ姉ちゃんがやっつけたんだよ」


「……アブない姉ちゃん? だれかに出会ったのか?」


 瑠花の言葉に、俺は首を捻る。


「うん、でっかいバイクに乗った姉ちゃんだった。こうオッパイの大きい」


 瑠花は胸の前で妙な仕草をして伝えようとするが、今はおっぱいはどうでもいい。


「で、その人はどこにいるんだ?」


「アタシに奏のことを聞いてきたんだけど、なんかすげえ怪しい感じだったから、はぐらかしたんだよ。そしたら、じゃあいい、ってまたバイクに乗って行っちゃったぜ」


 瑠花は、そう言いながらキャンプ場へと続く道路を指さす。

 奏のことを聞いてきた、というと、そいつはいったい何者なんだろうか。


「たしか、リリスって名乗ってたな」


「リリス。まさか……」


 奏はハッとした表情で、繰り返す。


「そう言えば、帰るときにこれを置いて行ったんだよ。もし奏に会ったら渡してくれって」


 瑠花は、一枚の写真を取り出した。

 そこには、水着姿の女性が写っていた。

 たしかおっぱいは大きい、早希といい勝負ができるくらいだ。

 どんな勝負かは知らないけど。

 しかし、俺の視線は胸から少し上がった首筋へと釘付けになる。

 そこには、ユニコーンのタトゥーが彫られているのがはっきり見えたからだ。

 ……一角獣、モノケロス。

 俺の中で、何かが繋がった。

 写真には他に、女性に被るようにして、QRコードのような歪な模様が印刷されていた。


「きゃっ……」


 写真の覗き込んだ奏が、その模様を目にすると小さく叫んで倒れ込んだ。


「どうしたの! 奏、しっかりして」


 瞬時に、瑠花が抱きとめて呼びかける。


「ふぇ……あれ、道明寺さん? おはよう」


 きょとんとした顔で、奏はそう答える。

 顔を上げた奏は、普段どおりの幼なじみの奏に戻っていた。

 カインが、消えたのだ。

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