第48話、乱入者

 轟音を発しながら道路の向こうから姿を現したそれを目にして、アタシは息を呑んだ。

 それは、単車だった。

 それも子牛ほどもあろうかという巨大なモンスターマシンが、エンジン音を響かせてこちらへやって来るのだ。

 乗っているのは、やけに小柄に見えた。

 どのくらいのスピードが出ているのだろうか。

 制限速度など、一切頭にないような速度で二輪車はこちらへ向かって突っ込んで来る。

 まさか、ツーリングを満喫中の、ただのバイク乗りというわけではないだろう。

 その証拠に、肩からぶら下がる長い銃身が、遠くからでも見てとれた。

 まるで世紀末覇者のような登場の仕方だ。

 そのわりにノーヘルではなく、ちゃんとフルフェイスのヘルメットを装着している。

 突然の乱入者に、迫りくるヤドカリの関心がアタシからはずれた。

 気を取られたのか、こちらに今にも掴みかかろうとしていた、ヤドカリの不気味な腕が空中で静止する。

 その瞬間、目の前に接近したライダーは片手を離し、手にしたハンドガンの銃口をヤドカリへと向けた。

 そして、発砲する。


 ……ダンダンダンッ!


 快活な銃声が、山中にこだました。

 しかし、銃弾はすべてヤドカリの金属の殻に弾かれて周囲に転がってしまう。

 ライダーはチッと舌打ちすると、今度はもう一方の手もハンドルから離して、肩から下げたライフルを構えた。

 アッ……、とアタシは声を漏らす。

 既視感があると思ったら、全盛期の元カリフォルニア州知事を連想していたのだ。

 テレビの洋画の再放送で何度も見たド派手なアクションシーンそのものだ。

 それは、数ページに渡って展開してきたシリアスパートを一気にぶち壊すような、突拍子のない光景だった。

 シュワちゃんの生き写しのような人物は、ライフルの狙いをヤドカリに定める。

 そして、炸裂音が上がるとともにヤドカリの巨体が粉々に飛び散った。

 助かった……と思ったのは早計だったようで、アタシはそのまま崩れてきた化け物の亡骸の下敷きになった。


「うわあああ……」


 惨めな悲鳴を上げながら、アタシは見事に押し潰される。

 その傍らにバイクが停止し、シュワちゃん似が降りてきた。

 そして、フルフェイスヘルメットに手をかけ、頭を引き抜く。

 その瞬間、アタシは目を見張った。

 ヘルメットの下からは、金色の長髪が溢れ出してきたのだ。

 ライダーは、女性だった。

 それも、とびきりの美形だ。

 見ると、ライダースジャケットの空いた胸元には、初めは気づかなかった豊満なバストが存在感を放っていた。

 そして鎖骨の上に、一角獣ユニコーンの柄のタトゥーが入っているのがチラリと目に止まる。


「へい、ガール。キミ、よく生きてたねえ」


 その女性は、アタシを見下ろして、そんな声をかけた。

 そう言えば、彼女がゾンビ騒動が始まってから、初めて出会った大人なのだ。

 アタシは、声の主をいぶかしげに見上げる。


「というと、キミは処女っていうことだ。そうは見えないけど……あ、わかった! キミ、レズビアンだろう?」


 観察するような目で眺めたと思ったら、女はアタシにそんなことを言ってくる。


「ちげえよ! 見てないで、さっさと助けろよ!」


 そのふざけた様子に、ついさっき生命を救われた感謝は一切湧いてこなかった。


「あちゃー、残念。実は、レズビアンなのはオネエさんの方でした」


 そして女は、弄ぶような手つきでアタシの頬に触れる。

 彼女の冷たい指がアタシの輪郭をなぞったとき、背筋に悪寒が走った。


「キミかわいい顔してるじゃん……助けてあげるよ。でもその前に、ひとつだけオネエさんの質問に答えてくれない?」


 真っ赤なルージュの下で、舌が艶めかしく蠢くのがわかる。


「ねえオネエさん、カインっていう子探してるんだけど。キミ、何か知らない?」

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