第47話、カインの告白

 真夏の晴天に上がったロケット花火は、虚しく光るとすぐに消えた。

 その後には、白煙だけが残る。


「……これに、瑠花が気づいてくれれば良いんだけどな」


 空を見上げて、俺は呟く。

 派手さはもの足りなかったが、じゅうぶんに人目は引く閃光だった。

 これを目にした瑠花は、ある程度離れていたとしても俺たちの場所がわかったはずだ。

 あとは、瑠花を信じるしかない。


「危険な目に会ってなければいいけど」


 早希は心配そうに言う。


「大丈夫だよ、太陽が出てる。その間はゾンビは襲ってこないはずだぜ」


「そうですよ。瑠花ちゃんが合流できることを信じて、ボクたちはここで待ちましょう」


 冷は瑠花を気にかけつつも、その場に腰を下ろした。

 そして、焦れったい沈黙が漂う。

 俺は、まだ半分以上残っている花火の袋を、イヴがじっと見つめているのに気づいた。


「なんだ、お前。花火が気になるのか?」


「……うん。私、花火ってやったことなかったから」


 イヴは、こっくりと頷く。


「じゃあ、少しやってみようか」


 俺は、おもむろに線香花火を手に取ると、ライターで火をつけた。

 途端に、控え目な火花がパチパチと音を立て始める。

 それを目にしたイヴの顔が、パッと輝いた。


「すごい。お兄ちゃん……綺麗」


「日が暮れてからやれば、もっと綺麗なんだろうけどな」


 しかし、それができるのは、いったいいつになるだろう。

 今や、夜はゾンビが跋扈ばっこする死の世界だ。

 俺たちは、昼間の花火で満足するしかない。

 そのうち、早希や冷も花火を手に取って、気を紛らわすための小さな花火大会が始まった。


「……おい、カイン。話がある」


 そんな仲間たちを尻目にひとり佇む奏に、俺は声をかけた。

 奏は静かに頷いて、俺に従った。

 みんなから少し離れたところで、俺たち二人は立ち話を始める。


「カイン……お前はいったい何者なんだ? なんで、手榴弾やら武器を持ってるんだよ? そもそも、この一連のゾンビ騒動とどう関わりがあるんだ?」


 俺は、今までの積もりに積もった疑問を率直に奏へぶつけてみた。

 カインの人格が出ている今しか聞くチャンスはないのだ。

 それを逃すわけにはいかなかった。


「……仕方ない、話そう。私は、このカインという人格はある組織に属する人間だ。だが、千倉奏は何も知らない、ただのふつうの少女なんだ」


「……ある組織?」


 昨夜の龍崎博士の言葉を思い出す。

 ウイルスを撒いた奴らの組織、『モノケロス』のことを言っているのか?

 その俺の問いを、奏は曖昧な表情ではぐらかした。


「私が出ているのは今だけだ。私は、カインという人格は、じきに消える。だから……ひとつだけ私の話を聞いてほしい」


 そして、奏は中学時代の瑠花との思い出を語り始めた。

 ピアノを通した二人だけの時間。

 そして、果たせないままになってしまった約束の話。

 初めて聞く二人の物語に、俺は黙って耳をすました。


「その頃は、奏としての人格がとりわけ不安定で、ちょくちょく私が出ていたんだ。高校で再会したときに、奏が瑠花のことも約束のことも何一つ覚えていなかったのはそのせいだ。……全部、私のせいなんだよ」


 後ろめたい表情で、カインは繰り返す。


「私は、瑠花との約束を踏みにじったんだ。それで恨まれても当然なんだ」


 疑問は、いくらでもあった。

 だが、俺はそんなカインに深く詮索することはあえてしなかった。

 ただ、一言だけこう話した。


「だったら、謝ればいいだろう。約束を破ったなら謝ればいい」


「でも、この人格のことは瑠花には話せない。約束を守れなかった理由を伝えることはできないんだ。だから、許してもらえるわけがないんだよ」


 カインはそう言って、首を振った。


「……違うよ。カイン、お前は間違っている。理由なんて必要ないんだ。誤解なんてとく必要はない。ただ約束が守れなかったことを、謝ればいいんだ」


 それだけで、きっと瑠花には届くはずだ。

 守れなかった約束は、もう今となってはどうにもならない。

 それでも、これから新しい関係を築くことはできる。

 人間関係において、どうにもならないことなど存在しないのだから。


「大事なことを隠していても、か?」


「当然だ。どんな親友同士でも、隠し事のない奴らなんて存在しないよ」


 俺は即答する。


「……そうだな、学。私は間違っていた」


 奏は目を丸くしてしばらく俺を見つめると、小さな声でそう囁いた。

 俺の言いたいことは、どうやらしっかりカインに伝わったらしい。

 そう思ったそのとき、山の向こうから数発の銃声が聞こえてきた。

 俺と奏の会話はそこで中断して、音のした方向へと顔を向けた。

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