第41話、果たせなかった約束
「ねえ、さっきの千倉さん。ちょっと様子がおかしくなかった?」
二人の様子を見守っていた早希が、俺にこっそり耳打ちする。
「キャラ変した、って言うか。なんだか……全然知らない人みたいだった」
たしかに、早希の言うとおりだ。
カインのやつ、奏として振る舞うんじゃなかったのかよ。
あれじゃあ、フォローのしようがねえよ。
「ちょっと、奏と話して来る。早希さんは瑠花の方を頼む」
瑠花は俺たちを置いていくように一人で前へと歩き続け、その姿はすっかり小さくなってしまっていた。
「じゃあ日比谷くん、頼んだよ。ちゃんと聞いてあげてね。あっ、千倉さんにセクハラしちゃダメだからねっ!」
早希は俺にそう釘を刺すと、瑠花へと声をかけに歩み寄った。
俺は早希に、そんなセクハラキャラだと思われているのか……心外だ。
まあ、心当たりがないわけではないけど。
俺は気を取り直し、声を落として奏に話しかけた。
「おい、カイン。お前、奏のフリをするってのはどうなったんだよ? ……って、お前大丈夫か、ひどい顔色だぞ?」
奏は思い詰めたような表情を浮かべて、こちらを振り返る。
「……ん、なんだ。学か」
昨日、俺を助けた時とは打って変わって、つれない返事だった。
「なんだとはあんまりだな。おっぱい揉むぞ」
「私は、いや……奏は揉むほどないよ」
真顔でそう答えられても、調子が狂う。
「瑠花は、アイツは、やっぱりあの時の約束のことを怒っているんだよ」
「なるほど、そうか。奏と瑠花の喧嘩に、お前が関係しているんだな? 話してみろよ」
奏と瑠花の間の喧嘩の原因となった、とあるすれ違い。
それには、カインが関わっているらしい。
「……私なんだ。中学時代、瑠花とあの約束をしたのは奏じゃない。私なんだよ」
奏は、遠い目をして語り始める。
「カイン? お前が?」
「ああ、だがそれはとうてい無理な約束だったんだ。結局、私は約束を果たせなかった。……だから、瑠花がどんなに怒ってもそれは仕方ない。私のせいなんだよ」
繰り返される約束という単語。
いったい、二人は何の約束を交わしていたのだろう。
「詳しく、聞かせてくれよ」
「つまらない話だぞ。あれは……」
奏が、口を開いたその時だった。
肌にポツリと、雨粒の感触がした。
それを感じた瞬間、分厚い雲があっという間に晴天を覆い隠してしまう。
あたりは、みるみる薄暗くなった。
「……あっ、雨だ!」
冷が叫んだときには、パラパラと大粒の雨が地面へと打ちつけていた。
「まずいぞ! 太陽が隠れた、ヤツらが動き出す!」
語ろうとした思い出を飲み込んで、奏はそう声を上げた。
たちまち、道の脇に生い茂る草むらがザワザワと音を立てはじめる。
そしてあの匂い、本能的な嫌悪感を募らせる腐敗臭があたりに急に漂いだした。
「これって、まさか……」
「ああ、ゾンビだよ。暗がりに身をひそめていたのが、出てきたんだ!」
一人、二人……両手に収まらない数のゾンビがいつの間にか集まっていた。
その総数は、キャンプ場の時とは比べものにならない多さだ。
老若男女、その顔ぶれは多様に見えた。
奴らは農作業着やTシャツを着ていて、まるでついさっきまで普通に日常を送っていたかのような風体だった。
この近くに農村があったのだろうか。
「ヤバい……アタシたち、囲まれてる」
先頭を行く瑠花が、悲鳴を漏らす。
どうやら、俺たちはゾンビに取り囲まれてしまったようだ。
……逃げ道がない。
ゾンビたちは、まるで波のようにこちらへ向かって押し寄せてきた。
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