第40話、出発

 初夏の眩しい日射しが、はるか頭上から俺たちに降り注ぐ。

 男女六人と猫一匹の一行は、アスファルトで塗装された山道を連れだって歩いていた。


「いざ歩いてみると、やっぱり山道ってのはキツいな。アタシってインドア派だからさ」


 歩き出して一時間もしないというのに、早くも瑠花が音を上げる。


「そうですね。バスとかタクシーとかエアフォースワンとか通りかかって乗せてもらえないですかね。乙女の足腰にこれは堪えますよ」


 冷がそう同意するが、お前は乙女じゃねえだろうと俺は心の中でツッコむ。


「エアフォースワンが通りかかっても、乗せてもらえるほど私たちはVIPじゃないよ。ほら、少しの辛抱だから頑張って歩こうよ!」


 昨日の足の負傷はもう回復したのか、早希が一番元気ハツラツとした様子で、時折遅れがちな俺たちを励ましながらどんどん進んで行く。

 その健脚っぷりに、俺は素直に関心する。


「さっきの駐車場にあった自動車、借りて行っちゃダメかな? 徒歩だと半日でも、車ならほんの数時間の距離なんだろ?」


 瑠花が傘でも借りるような口調で、自動車泥棒をほのめかした。

 絶対返さないニュアンスの借りる、だ。


「仮に自動車を盗み出したとしても、俺たちの誰も運転できねえだろうが。つべこべ言わずにさっさと歩こうぜ」


「ボク、マリカーとか得意だし、その気になれば運転できちゃうような気がするんだけどなー。アクセルが右で、ブレーキが左ってことは知ってるし」


 冷がさり気に恐ろしいことを呟く。


「マリカー感覚で運転するやつに、絶対ハンドル任せたくねえよ! イヴを見ろよ。こんな小さい子も頑張って歩いてるんだから、お前らも見習え……」


 そう言う俺の横を、イヴは肩からクロネコをぶら下げたままスーッと通り過ぎて行く。

 まるで、気楽に地面を滑べるかのようだ。

 ん、動きがおかしいと思ったら、靴のかかとがローラーになってるやつを履いてるのか。

 流行ったの、だいぶ昔じゃなかったか?


「あっ、ズルい! コイツ、シャーッてなる靴を履いてやがる!」


 瑠花が、それを目ざとく見つけて文句を言うが、別にどこもズルくねえよ。


「イヴちゃん、大丈夫? その靴、下り道だとどんどん加速ついて止まれなくならない?」


 心配する早希は、なんだか母親みたいだ。


「ちゃんとブレーキあるから大丈夫だよ。お姉ちゃん」


 どうやら、イヴも早希には一番懐いている様子だ。

 二人のやり取りは、母娘みたいで傍から見ていてとても微笑ましい。


「……瑠花の方こそ、その靴は長い距離を歩くのには向いてないんじゃないのか?」


 それまで、ずっと黙ってこちらを遠巻きに眺めていた奏が、急に口を開いた。

 口調から察するに、カインの方らしい。

 いきなり指摘された瑠花は、イラついた目で奏を睨みつける。


「なんだよ、千倉。……アンタには関係ないだろ?」


「集団行動なんだ。一人遅れると、全体のペースが落ちる。瑠花の靴は踵が高すぎるよ」


 そう言いながら、奏は瑠花に手を差し伸べた。


「貸してごらんよ。踵を削ればだいぶマシになるはずさ」


「うるせえよ! アタシに、お節介焼くんじゃねえよ!」


 目の前に出された奏の手を、瑠花はピシャッと払い除けた。

 明らかな拒絶の意思表示だ。

 今までも瑠花と奏の間の口喧嘩は何度も見てきたが、今回は様相が違っていた。

 奏が一言も、言い返さないからだ。

 奏の中にいるカインは、それまでに見せたことのない寂しげな表情を浮かべていた。

 まるで、古い友人から絶縁を言い渡されたような傷ついた顔だった。


「瑠花、聞いて。あの約束……リストのラ・カンパネラ……。私、覚えていたんだよ」


 奏が小さな声で囁くのを聞くと、次の瞬間、瑠花は激昂した。


「だったら、なんで破ったんだよ! なんでいなくなったりしたんだよ! 今さら、そんなこと言われても遅いんだよ!」


 瑠花の口から飛び出したのは、張り裂けそうな痛々しい叫びだった。

 そして、そのまま瑠花は奏に背を向けて歩き出してしまう。

 後には、呆気に取られた一同の重たい沈黙だけが残った。

 取り残された奏は、ただ瑠花の背中をひどく懐かしそうな表情で見つめるのだった。

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