第39話、ヒロイン(?)観察記録、その4

 カインの作った朝食を食べ終えると、俺たちは山荘から出掛ける準備を始めた。

 結局、イヴも含め全員で下山して、街を目指すという方針になったのだ。


「山奥とはいっても道なりに行けばそれほどの距離はないし、半日歩き続ければ帰れるさ」


 あえて、気楽な口調を作って俺は言う。


「ちょっとしたピクニックだよ」


 食事中に開かれた作戦会議では、下山を主張したのは早希で、一方この山荘に留まって救助を待つべきだという意見を述べたのは瑠花と冷だった。

 その早希の下山案に、俺とカインが同意するかたちで、多数決によって方針が決定した。


「私たちが今すべきことは、現状をちゃんと把握することだわ。今は籠城するよりも、自分から行動しなきゃ」


 早希は、一刻も早く街へ帰りたいといった素振りだった。

 リーダーシップのある早希にそう言われると、瑠花と冷は特にそれに反論することもなく従った。

 俺はそのときも、あの電話の件を言い出すことができなかった。

 ……繋がらない電話、それが何を意味するのかをここで話しても、みんなの士気を下げるだけになりかねない。

 奏と記憶を共有しているらしいカインも、特になにも言い出さないところを見ると、俺のその判断に異論はないようだった。

 イヴの膝の上から飛び降りたクロネコが、席を立つ俺を見上げてニャーと一鳴きする。


「おい、お前はどう思うんだ?」


 俺は、足元の黒猫にそう問い質す。

 あの夜以来、クロネコの中の龍崎博士は一言も人語を発していない。


「猫被ってないで、何とか言ったらどうなんだよ! おい、このスケべ猫!」


 俺が呼びかけても、クロネコはポーカーフェイスでただこちらを睨みつけるだけだ。

 龍崎博士が意図的に俺を無視しているのか、それともただの猫に戻っているだけなのか、それすらも見当つかない表情だ。


「あっ、学くん。猫ちゃんに話しかけるなんて可愛いところあるんだねえ」


 突然、俺の耳元で甘い声がする。

 嫌なところを目撃されてしまったらしい。


「おい、冷! いきなり纏わりつくなよな。お前、近いんだよ」


 俺に言われると、冷はペロッと舌を出して謝罪の表情をするも、身体は密着させたまま離れようとしない。

 男だとわかっているのに、妙にドキドキしてしまう。


「いやいや、学くん。昨日のお礼を言おうと思ってさ。ボク、ずっとキミに助けられっぱなしだったから。学くん、ありがとうにゃー!」


「猫語で言うんじゃねえよ! 無駄にかわいいだろうが!」


 こいつが男じゃなかったら、一瞬で惚れてしまいそうだ。


「はにゃ? マニャブくんは、猫派にゃんじゃにゃいのかにゃ?」


「たとえそうだとしても、猫好きと猫語で喋るキャラが好きな奴は、全然別の人種だよ!」


 昨日の時点で薄々気づいてたが、こいつかなりグイグイくるな。


「それに、礼なら俺じゃなくて奏に言えよ。お前を救えたのは、ほとんどアイツのおかげだからな」


「ん? なんで、奏ちゃんが出てくるの?」


 それを聞いて、冷が首を傾げる。

 ……しまった。

 そうか、昨晩のうちで奏が出てきた間、冷はずっと気絶していたのか。


「……えーっと、ほら奏とか早希の普段の行いがあって、それが回り回ってお前を救ったんだよ。だから、感謝するならみんなに感謝しろよな!」


「ほぉー、学くんってなんかすごい深いことを言うんだねえ!」


 なんか知らんが、うまく誤魔化せたようだ。

 こいつがアホでよかった。

 ようやく、冷が離れてくれて、ロビーには俺とクロネコの二人きりになる。

 すると、クロネコは龍崎博士の声ではっきりとこう言った。


「俺は、わりと好きだぞ。猫語のキャラ」


「……やっぱお前、喋れんじゃんか」


 俺の呟きが終わる時には、クロネコは歩き去って俺の前から消えてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る